「人間失格」、あまりにも多くの人がこの作品に魅了される。なぜなのか?、それは、生きていく上でぶち当たるあるあるがたくさん載っているからだという。

◎          ◎

たしかに、言われてみれば道化となり、周りの求める自分を演じてしまう主人公には共感できる点が多い(本を読んでいると、わたしだけが共感できていて、わたしのことを書いていると思わされることも多いが、たぶん多くの人がそう思うのだろう)

わたしは、定時に仕事が終わっても周りが残業していると帰ることができない。

主人公のように周りを和ませたくて、笑いを取るため、自虐を言うこともある。

主人公が、「父親の子どもに獅子をねだられて買ってあげたい」という気持ちを汲み取り、ねだる描写もとても共感できた。

わたしも、ギターが大好きな父親の気持ちを考え、つい欲しくもないギターをお願いしたことがらあったから。

わたしも、主人公も、自分を自分らしく出すのでは無く、相手が求める自分を演じてしまうのが一緒だと感じた。

人間失格は、こうした「わたしにもある」と思えるちょっとした我慢が丹念に描かれている。だから、色んな人の濃い共感を呼び人気が絶えないのだろうと思う。

◎          ◎

そんな、周りに気を遣ってばかりの主人公だが、後半では大きく破滅していく。友達にも恵まれず常に孤独を感じ、女とお酒に癒しを求めるがどうにもならなくなる。怖いが、大事な存在だった父親には先立たれ、最後には実年齢は27歳なのに、40歳以上にしか見えないと言われるほどまでボロボロになってしまう。

わたしは、考えた。人に気を遣える優しさのある人気者の主人公はなぜこうも破滅してしまったのだろう?彼は、どうしたら破滅しなかった?

彼は、道化にならなければ良かった。道化を無理くりにでも止めるタイミングを作れば良かったのではないかとわたしは考えた。

もちろん、生まれたときから空腹が分からず、人に恐怖を覚えてばかりいた彼にはとてつもなく難しいことなのかもしれないけれど。

彼は幼い頃、高い道化の能力で、周囲の人を魅了した。先生、家族、下女、下男、周りの人みんなに好かれた。たぶんだけど、好かれると、嫌われるのが怖くなる。嫌われるのが怖くなると、もっと好かれなきゃと道化の皮が厚くなる。最後は、素の自分を出せなくなり苦しくなる。

だから、どんどん彼は自分が分からなくなり、破滅していったのではないかと思う。

◎          ◎

どこかのタイミングで、たとえば、「ワザ ワザ」と級友に道化をバレそうになったタイミングでみんなに好かれることをやめどうしようもない面白みのない、自分でいることができていたらどうだろう?

面白みのない自分を受け入れてくれる人と出会えて、面白みはないけど破滅しない人生を送れたのではないかな?

わたしは、高校生の頃、人間失格を読んで、人に好かれ、異性にモテ、刹那的で、破滅的に生きる主人公にある種の羨ましさを感じた。あの頃は、本気で小説家になりたかったから、ここまで刺激的な人生を送れば良い小説が書けるかもしれない、主人公のように生きてみたいとさえ思った。

◎          ◎

今、26歳。普通の会社に勤め、結婚し、子供を授かった。小説家にはなれていない。なんともない人生。

今は、わたしは、彼のようになれないし、なりたくないと思う。

けれど、彼の道化をして周りにいい顔をしてしまう気持ちはものすごく分かる。

苦しいから大人だからこそ、浸れるお酒や異性に逃げてしまう気持ちもものすごく分かる。

わたしも、人の顔色を窺い、疲れ果てお酒に溺れた日や、彼氏にわがままを言い続けた日があったから。

人の顔色を窺う癖がある人、周りに自分を出せない人は誰しもが主人公になってしまう可能性がある。

◎          ◎

けれど、彼のようになりたくないから、わたしは今日からできうるかぎりの道化をやめてみようと思う。できるところから。

周りに合わせ、無理やり残業したり、嫌な用事を引き受けたり、行きたくもないおでかけに行ったりは減らそう。

笑いを取るための自虐も減らそう。

彼みたいにならないように少し大変かもしれないけれど。

面白みのない、実はいつだって残業をしたくない、人に分け与える優しさは少ない自分を受け入れよう。

よし、今日から少しづつ道化の皮を薄くしていくぞ。