あのクリスマスに戻れるなら。

私がサンタさんの正体を知った、2010年のあのクリスマスに戻れるなら。

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小学4年生の夏、「ヒーリーズ」というローラーシューズが流行した。靴底に剥き出しのタイヤがついている「ローラースケート」や「インラインスケート」とは異なり、ヒーリーズの見た目は普通のスニーカーだ。少し分厚いソールのかかと部分に、小さく太いタイヤが埋め込まれるような形で入っており、タッタッと5mほどの助走の後、ターンッと10mほどかかとで滑ることができるようになっている。その手軽さから、ヘルメットやプロテクターはつけずに「滑ることができるスニーカー」として日常的に場所を選ばず滑る子どもが多く、近所のスーパーでは注意喚起の張り紙も出ていた。

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真夏。ジリジリ熱を発するコンクリート。おねだりして買ってもらった、少し前の流行、インラインスケート。壁に手をつきヨタヨタと練習していた当時の私。太陽光で熱されたヘルメットは中も蒸し暑く、肘と膝にそれぞれつけた窮屈なプロテクターのせいで関節には汗が溜まり、それが痒かった。足底に1列に並んだ小さなタイヤは踏ん張るにはあまりに不安定で、地面のちょっとした出っ張りにつまずいただけで転びかけてしまう。そんな私の目には、涼しげに、簡単そうに、「タッタッターンッ」と軽快に走るヒーリーズが夏の日差しと同じくらい眩しかったのだ。

当時から「流行りもの」が好きだった私は当然このヒーリーズウェーブにもすぐに飛びついた。しかし、根気強く強請れば大抵のものは買ってもらえた私のヒーリーズ交渉は想定外に難航した。

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「もう別のローラーシューズがあるでしょ」
「〇〇(近所のスーパー)に使用禁止の張り紙あったよ」

だが、ノーと言われると意地になる子どもの性故か、ますます欲しくなる。そして「タッタッターンッ」が耳から離れず、年齢の近い子どもとすれ違う時は「ヒーリーズを履いてるか」チェックを無意識にしていた。

結局買ってもらえないまま季節は変わり、クリスマスシーズンがやってきた。まだヒーリーズ熱が冷めていなかった私は、母に買ってもらえないならと今度はサンタさんに頼むことにした。
12月限定で物置から引っ張り出される私と同じくらいの背丈のクリスマスツリー。例年通りそこにサンタさん宛ての手紙をかけておき、当日を待つ。これまでは羨ましさで苦しくなった「タッタッターンッ」の音は、12月になると不思議と心地良く聞こえた。もうすぐ私も仲間になる、もうすぐ私もその音を奏でることができる。

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24日の夜、クリスマスイブ。ワクワクしながらベッドに入る。朝起きたら枕元にヒーリーズがある。それだけで楽しみで仕方なかった。
そしてそのせいもあって普段より眠りが浅かったのだろう。珍しく夜中にふと目が覚めた。寝ぼけ眼でまだ朝ではないことを確認し、再び布団を被った、そんな時。手が何か硬いものに触れた。

(もうプレゼントが来ている……!)

私は真っ暗な部屋の中、手探りでプレゼントの存在を確認する。枕元に確かに箱があり、触るとひんやり冷たかった。来た。ついにヒーリーズが来たのだ。

幸せな気持ちで再び眠りに落ち、目覚めた翌朝。

ワクワクしながら枕元に目をやると、置いてあったのはギフト用のリボンがかかった坂本龍馬の伝記だった。
私が夜中、ヒーリーズの外箱だと思って撫でたのは坂本龍馬の伝記の表紙だった。

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理解ができなかった当時の私が、そのまま放心状態でリビングへ行き、母に事の顛末を話したそんな時。

「まああの靴は危ないからってサンタさんが別のプレゼントを用意してくれたんでしょ」
「龍馬伝(当時放送してた大河ドラマ)好きだからよかったじゃん」

この言葉で私の中でなんとなくサンタさんの正体がわかった。そして同時に、それまで理解が追いついていなかった自分の頭の中でハッキリと悲しみが、怒りが、形をもって現れた気がした。
楽しみがなくなった悲しみ。クリスマスという年に一度のイベントを台無しにされた怒り。そしてなによりも、ウキウキと箱を撫でながら眠った昨日の私が裏切られたことに対する悲しさの、怒り。

「こんなの欲しくなかった!」

衝動的だったにも関わらず、表紙は硬くて破れなそう、なんて妙に冷静になりながら、坂本龍馬の伝記を、そのページを、私は母の前で引き千切った。
その時の母の表情は覚えていない。そもそも破るのに夢中になって、母の顔を見ていないかもしれない。そしてその後自分がどうしたのか、記憶がない。泣いたのか、謝ったのか、怒って部屋に閉じこもったのか、全く覚えていない。
ただあの時の、少し分厚い紙を画用紙の様にビリビリ引き裂く感覚が手に張り付いて離れない。あの時の、ページを破る度に鼻を掠める、新品の本のザラザラとした紙の匂いがこびりついて取れない。

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あれから15年が経ち、私は25歳になった。
今ならわかる。

確かにヒーリーズは子どもが乗るには少し危険かもしれない。親が子どもに買い与えたくない理由も理解できる。
幼い頃から運動音痴で、ドジだった私。周りの友だちはみんなスイスイ乗れるインラインスケートでヨタヨタと歩くことしかできなかった、そんな私になら、尚更。
そしてその練習にいつも付き合ってくれていた母だから、尚更。

あのクリスマスに戻れるなら。