今ははっきり意見を言えるタイプの私だけど、小さい頃の私は言いたいことを飲み込む癖があった。周りの顔色をうかがい、自分の思いを伝えるよりも波風を立てないことを選んでいた。でも大人になるにつれて、それでは何も変わらなくて、自分も損をすることに気づいた。

その考えがだいぶ身体に染みついて、今では“言えなくて損をした”なんて経験はほとんど減ったけど、身近な人間関係が変化したり、新しい環境に飛び込んだりするたびにその考えを忘れてしまうことがある。でもその度にまた、伝えることの大切さを思い知らされる場面があって、この思想の強固さは増していく。

言葉にしない選択は、やっぱり勿体無い。そう思えるようになったのは、いくつもの経験を経てのことで、最近もまたそんな出来事があった。

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転職して最初の半年間、私は新しい職場の空気に慣れるのに精一杯で、なかなか本音を言えずにいた。無理をして合わせているつもりはなかったし立ち回りが下手な訳では無いけれど、それでも「まだ慣れていないから」という気持ちが先に立ち、思っていること全てを言えるわけではなかった。

ある日、苦手な会議を控えていたときだった。緊張からか、いつもはそんなこと起きないのに急にお腹が痛くなり、会議どころではない状態になってしまった。体調が悪いことを伝えるか、いやいやこれは大事な会議だし…と迷っていたけど、どうしても隣の席の先輩に相談せざるを得ない辛さになってしまった。

「急ですみません、お腹が痛くて、会議に出られそうにないんです……」

勇気を振り絞って伝えると、先輩は驚きながらも「全然気づかなかった。もちろん帰っていいよ!帰りな!」と、きちんと対応してくれた。その優しさに救われたのはもちろんのこと、翌日言われた言葉はさらに心に響いて、沁みた。

「昨日さ、偉かったね、ちゃんと言えて。言えない人もいるから、偉かったよ」

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その一言は「ああ!そうだったそうだった!!!」私に大切なことを思い出させた。そう、言えないより、言う方が偉いよ。偉いってことにしておいた方が、きっとみんな良くなるよ。

あのとき、もしも何も言わずに無理をして会議に出ていたら、体調が悪化していたかもしれないし、周囲にも迷惑をかけていたかもしれない。自分の思いを言葉にすることがどれだけ大切かを、改めて実感した瞬間だった。

ただし言葉にすることはすべてを解決する万能薬ではない。どんな言葉を選ぶのか、どのように伝えるのかが、それ以上に重要だ。伝え方を誤ると、言葉は相手を傷つけたり誤解を生んだりもする。だからこそ私は、言葉にする際には「言い方を選ぶ」ことを忘れないよう心がけている。

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振り返ってみると「言わない方が良かった」と思ったことは、人生でほとんどない。むしろ、言わなかったことで失敗したことの方が、はるかに多い。

これからも私は、言葉にすることを選び続けたいと思っている。たとえその選択が少し勇気を必要とするものでも、相手を想い、自分の素直な気持ちを伝えられる人でありたい。そして、言葉にするたびに得られる学びを大切にしながら生きていきたい。さらには先輩が言ってくれた「言えて偉かったね」を伝える側になりたい。そんな風に思っている。