2025年。私は「おばあちゃんの味」を習得する。

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私はどのレストランの料理よりもおばあちゃんのご飯が大好きだ。
私にとっての「おふくろの味」は「おばあちゃんの味」である。

私の家族は、どこか外食に行くのなら、祖父母の家に行って一緒に夜ご飯を食べるということが昔から頻繁にある。おばあちゃんのご飯は、美味しいのはもちろん、栄養バランスも考えられている。受験勉強に取り組んでいる際に、夜ご飯としてお弁当を作ってくれたことが受験期の強い活力になった。また、1週間祖父母の家に滞在し、1日3食をしっかり食べていたのにも関わらず、自宅に帰った時には体重が3kgも減っていたことがあった。
そして驚くべきこととして、美味しくないと思った料理に今まで遭遇したことがなく、毎回美味しい料理を食卓に出してくれる。

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そこで私は、この味を代々受け継いでいきたいと思い、今年は本気で「おばあちゃんの味」を学ぼうと決心した。親から学べるのが1番理想的なのだが、親自身がなかなか学ぼうとしてくれないので、私が学んで来ることにした。

おばあちゃんは現在72歳。今は元気に過ごしている。しかし考えたくはないが、いつか事故に遭うかもしれないし、病気になるかもしれない。
それによって、ご飯が作れなかったり、日常生活を送ることが難しくなるほど身体が弱ってしまうことになる可能性もある。
そのためにも、元気なうちに早めの行動を取らなければならないと思い、今年やろうと思い立った。

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料理に対するこの挑戦は、実は初めてではない。以前から、レシピをもらって自宅で真似して作ってみても、同じ材料や調味料を使っているのにも関わらず、同じ味にならないことが多々あった。当時は、十分な時間もなかったため、「今回は作れなかった」で終わっていた。しかし、それを積み重ねていたら、これではいつになっても作れるようにならない。

ごく一般的なレシピは、大さじ1や小さじ3などというように数値が記載されており、正確な量を教えてくれる。一方おばあちゃんは、「醬油を適当に」「かんたん酢を、うーんとこのくらい」というように実践して見せてくれる。おそらくこれが味が一致しない原因だと思った。おばあちゃんの教え方はあまりにも抽象的すぎる。そんなだから、家に持ち帰った時には調味料の量や具材の煮込み時間などの感覚を忘れてしまうのである。おばあちゃんに聞いても、「いつも量って料理してないからな。わからないや」と返って来る。それなのに、どうして毎回味が安定しているのかと食べる度に感心する。つまり、実際に料理しているのを見るもしくは一緒に作ることで、量感を体感し、その感覚を覚えて家に帰る必要がある。これは慣れるしかないのかと少し面倒に思う部分もあるが、感覚で料理ができる人への憧れも何となくある。料理が得意ではないため、正直どのくらいで自分が習得できるか予想がつかないが、まずは根気よくやってみようと思う。まずは、おばあちゃんの料理の中で大好きな「けんちん汁」と「唐揚げ」と「春雨サラダ」を作れるようになりたい。

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大学の授業、就活、卒論、アルバイト、友達との遊びなど、残りの大学生活でやるべきこと・やりたいことはたくさんあって、1日24時間では足りない。しかし社会人になったら、自分に割ける時間はもっと無くなっていくだろう。だからこそ、ある程度のまとまった時間が取れる今、少しでも「おばあちゃんの味」を再現することに時間を使いたい。そして、いれは、私が作った料理を祖父母に食べてもらいたい。今まで数えきれないほどの美味しいご飯を作ってきてくれたことに対しての恩返しに少しでもなれば良いなと思う。

私は残りの大学生活を、意味あるものにすることをここに宣言する。
さあ、エプロン持っておばあちゃんの家に行く準備をしよう。