「生まれてこなければよかった」泣き叫んだ私に母がくれたおまじない
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幼少期、私はとてつもなく太っていた。お世辞にも足は決して細いなんて言えなかったし、体操着のウエストのゴムはこれでもかというくらいに食い込んでいた。吹奏楽部練習の際に座るパイプ椅子では、私が座るたびに「ギシギシ」ときしむ音がするし、周りの友人からも体型のことでバカにされることは山ほど経験してきた。ぽってりとした肉厚瞼は、父母譲りの二重ではなく、誤魔化しが効かないほどの一重だったし「どっちにも似てないよね」なんて言葉をかけられたりもした。幼いながらそのたびに傷つき、外に出かける前にはいつもチェックしていた服装も、前髪も、鏡に映る自分が嫌になって見るのをやめてしまった。
けれど母は、そんな私へ毎日のように「かわいい」と声をかけてくれた。私は一人娘で、母との仲はすごくよかった。親というよりも仲の良い友達に近しく、いろんな場所に二人で行った。そんな私の母は、とてつもなく美人だ。おっとりした雰囲気ときれいな声で、いつもニコニコとしている。「お母さんきれいだね」は耳にタコができるほど言われてきたし、会った人は必ず母を褒めると言っても過言ではない。すごく評判な母は自慢だった半面、そんな母の横にいることがつらい時もあった。母と自分が密やかに比べられていることを知っていたからだ。
ある日の朝、体型のことでからかわれて学校に行きたくないと泣いた。それはもう大地が割れるほど大きな声で泣き叫び、ランドセルを背負おうともしない。「かわいいんだから泣かないで」と言われても、どこをどう見たらかわいいんだよ。と、また惨めな気持ちになり家の廊下で泣き叫んだ。母はこんなに美人なのに、なんで私は可愛くないのだろう。そんな気持ち一心だった。なのに、母は「かわいい、かわいい。自慢の娘なのよ」と、泣いている私の背中をさすりながら小鳥のさえずりのように言ってくれるのだ。
これほどまでに、良い母があるか。と、今だったら思うが、あの時はそんなこと思えなかった。「美人な母に、この気持ちはわかるまい」と、私はうつむいていた顔をキッと上にあげて母の前に立ち上がった。
「なんで私なんて産んだのよ!生まれてこなければよかった!」
私はこの世の終わりのように大声で泣き叫び、どちらにも似てない一重瞼を思いっきり吊り上げながら声を荒らげた。思いっきり吊り上げた目で母をにらむと、そこには驚いた顔をしたあとに涙目で悔しそうに唇をぎゅっと真一文字にした母の顔があった。幼いながら、とんでもないことを言ってしまったのだという自覚はすぐに私を罪悪感で包みこんだ。しかし、放った言葉はもう引っ込めることはできない。涙目で私を見つめる母に、私も涙目でまっすぐに母を見つめ返す。
見つめ返している間にもポロポロと涙は滴り落ち、冷たく裸足の甲の上にぽたぽたと垂れる。「もう、こんな惨めな思いはいやだ」と、心の中で叫んだ時に、母が口を開いた。
「太っていることは悪いことなんかではありません。コソコソと人の容姿をバカにする人なんて放っておきなさい。あなたは、ママがお腹を痛めて産んだ大切な子です。悪いことなんて何もしていないのだから、胸を張って堂々と学校へ行きなさい」
母は、大きくてきれいな瞳を濡らしながら私に言った。
その言葉を聞いたとき、私は体中の血液が沸騰しそうなくらい自分の愚かさに腹が立った。それと同時に、「何がわかるのよ」と子どもじみた反抗心があった。二つの感情の間で私が揺れていた時、その言葉を私にかけた母は座りながら大きく手を広げた。涙を流しながら、母の瞳は私を呼んでいた。私の心は一瞬揺らいだがその腕の中に抱きつかず、玄関のドアを思いっきり開けて外へ出た。子どもじみた反抗心が勝った瞬間だった。
あれから何年かの月日がたち、干支はとっくのとうに一回りしてしまった。あの時、私はあれからちゃんと学校に行ったのか覚えてない。だけど、きっと母が優しく見送ってくれたような気がしないでもない。そのことを思い出すたびに、私は母のあの腕の中に抱きつかなかったことを今でも後悔する。実の母にした最低な出来事として、ずっと忘れないであろう。本当は、抱きついて泣きたかった。そして、泣いている母を抱きしめ返したかった。
この前、実家に帰ったとき母にこの話をした。
「あの時の言葉、すごく嬉しかったから覚えている」と、私は鼻をかいた「でも、太っていることへのコンプレックスを拭うことはできなかったけどね」なんて打ち明けると、ちょっと泣きそうになったから目線を下に向けて、泣くまいと口をタコのように尖らせた。
そんな私を見て、「そんなことあったかしら」と口に手を当てて母は笑った。「昔のことなんてスッカリ忘れちゃったわ」と、またおっとりした笑顔で私見る。
「だって、ママの唯一の娘だもの。かわいい、かわいい娘よ」
なんて、何も照れずに言うものだから、ああ、まだ母には敵わないなと、私は母の偉大さに頭を抱えるのだ。私は、今日も母から魔法の「かわいい」というおまじないをもらっている。
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