「出て行って」母からそう言われても、あの日の私は何も感じなかった

実は知らない振りをした秘密やこっそり持ち込んだカンニングペーパー、言わないと決めた言葉は意外とたくさんある。たいていの言葉が後ろめたい気持ちと一緒に記憶に残っているけど、きっと記憶にも残らずに伝える事を諦めた言葉はもっとたくさんあるはずだ。
言えなかった言葉と言わなかった言葉、言えなかった言葉はタイミングとか相手との関係とかいろんな事を考えて言いたいけど言葉にならなかった優しい思いだ。でも、言わないと決めた言葉には、自分ってこんな風に考えていたんだという発見とか意外と冷たい考え方だなと、周りの人に知られないように、あえて選んだ結果だと思う。今だから言える私の小さな秘密は、まだ幼稚園に通っていたころのあいまいな記憶と思いだ。
病院と薬が苦手なくせに体の弱かった私は、小さい頃とにかく病院のお世話になる事が多かった。あまりにも薬を飲まないから入院して病室のベッドで夏休みの工作をしたこともあるし、幼稚園では薬を飲まないでこっそり捨てたこともある。その薬は先生にばれて呼び出されたけど、知らないふりを突き通した。
そんな私だからこそ、両親特に母親は苦労したと思う。ある日、薬を飲まずにあまりにもごねる私に、母が一言だけ、「家から出て行って」と言ってきた。そして、お昼ごはん用に作られていたお弁当と一緒に追い出された。おそらく、母はこんな風に言えば嫌々でも薬を飲むと思ったのだろう。私だって、さすがにこんな事を言われた事はなかったから衝撃だった。
でも、衝撃を受けただけでショックも焦りもなかった。今になって思い出すから、そう思うだけかもしれないが、昼間だったし天気も良かったし、近くにおばあちゃんの家がある事もあって、「そっか、どこに行こうかな」くらいにしか思っていなかった。それくらい薬を飲みたくなかったのかもしれないし、家を追い出される事の重大さに気づいていなかっただけかもしれない。何をどんな風に考えていたのかしっかり覚えているわけではないけど、なんとなく家の周りをふらふらしていたら、母が迎えに来て何もなかったかのように、家に戻った。けれど、その出来事の後、私が謝る事もなかったし、薬を飲むようになることもなかった。
それでもこの出来事は私の中に小さな変化をもたらした。今だからいえる事、それは、家を追い出された時に心が動くことがなかった事だ。たいていの子供は両親を必要とするし、母もその前提であんな事を言ったのだと思う。でも、私はその時に、追い出された後どうするかを考えていた。もちろん、学校の手続きとか学費とかそんな事を理解していた訳ではないけど、私は、母親に謝るのではなく、自分でどうにかする方法を探していた。
今振り合えると全然、可愛げのない子供だけど、その感覚はずっと変わらない。親や友達、彼氏、誰であっても大切にした気持ちはあるけど、一方で自分の方が大切だし、彼らがいなくてもきっと大丈夫だ。それは、今の社会で求められる自立かもしれないけど、母親の期待に応えなかった私には、とても冷めた冷たい性格のように感じる。そう感じている事を、彼らに伝えるつもりも悟らせるつもりもない。一番じゃないけどちゃんと大切しその気持ちも本物だから、出来る限りでも大切にしていきたい。
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