「ちゃんと片付けておいてよね〜」

母の言葉に「はーい」なんて返事をしながら、自分の学生時代の物が入っているファイルを開ける。

中学、高校、大学の区切りの時にざっくり整理はしてきたけど、なんとなく大事だと感じるものはその中にしまってきた。
「うわー、色々入ってるやん……。ちゃんと片付けておけよ、昔の自分…。」なんて言いながら中のものを出していく。

これはいる、いらない。そんな仕訳をしてる中で、目を引くものがあった。中学校か高校の社会科の資料集である。裏返すと自分じゃない、でも久しぶりに見る名前。

その名前を見た瞬間、ある時の記憶がふっと蘇ってきた。

「先生たちどうしてるんかな…」

ふとそんな言葉が口をついて出てきた。

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私がその「先生たち」に出会ったのは、小学校の4年生の終わりか、5年生になってすぐの頃だったと思う。

その時の私は、どこにも自分の居場所が無いと思っていた。女の子同士の付き合いが苦手で、クラスメイトとは馴染めない。昼休みになったら、毎日学校の図書館にこもっていた。家に帰ったら親とは衝突していたから、家に帰る時の足取りは重たかった。

そんな状態だったから、自分のことを知っているクラスメイトと同じ公立の中学校に行くことが嫌になっていた。

小学生なのに自分の生活にうんざりしていて、絶望感を抱える生活。「今のこんな上手くいかない私を、誰も知らない世界に行きたい…」
そんな理由で私は親に頼み込んで中学受験のために、塾に通い始めた。

バスケットボールもしていたから、塾は時間の融通が効く個別指導を選択。それぞれの教科に一人ずつ先生が付いてくれた。当時どう勉強を進めていったら良いか分からなかった私は、話しやすそうな女性の先生をお願いした。

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そこで出会ったのが「先生たち」だった。先生たちは、合計4名で軒並み20代から30代。それぞれ得意分野があって、教科を担当してくれていた。

私にとっては塾に行く時間はとても楽しい時間だった。それはちょっと歳の離れた姉がいるような感覚だったから。そんな感情もあって塾で席に着いたときは、ついはしゃいでなんでも話していた。

今日あったことも、勉強の進捗度合いも、宿題をすっぽかしてしまった言い訳も、最近好きな本の話も、バスケの話も。時々、息抜きでお菓子も食べて、ちょっと笑って。

そんな何でもない、でも誰かと繋がっている時間が、私にとってはある意味で救いの時間だった。だからそんな記憶にお礼を言いたくて、最後は手紙形式で言葉を残しておきたい。

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国語の先生へ
論述の書き方を厳しく、でも丁寧に教えてくれたおかげで、今私は文章が書けています。
先生に出会わなかったらきっとこんな文章書いてないと思う。というか、文章を書こうという気にもならなかったと思います。

数学の先生へ
論理的に考えることの苦手な私が、後に大学入試に向けて一人で勉強ができたのは、先生が粘り強く教えてくれたからです。
先生に出会わなかったら、苦手なことでも毎日コツコツ向き合う気持ちは、きっと出てこなかったと思います。

理科の先生へ
クイズ形式でなんでも分かりやすく、そして楽しく教えてもらいました。苦手に感じたことでも興味を持って取り組む、楽しさを見出すことを先生の授業から教わりました。先生からもらった髪留めは今でも大事に持っています。

社会の先生へ
単純な暗記になりがちな社会科でも、先生の歴史のストーリーのおかげで、とても楽しく勉強した記憶があります。最後に先生にもらった資料集は、今でも家に大事に保管しています。
先生に出会わなかったら、きっと自分の得意教科は歴史や経済だと気づかなかったと思います。大学では国際政治を専攻した原点は、先生との授業にあったのかもしれません。

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そして4人の先生たちへ。
あの時、私に正面から向き合い、色々なことを教えてくれて、ありがとうございました。

先生たちとお話しできる時間が、もしかしたら私にとって、唯一正直に気持ちを吐き出せるときだったのかもしれません(もしかしたら、わがまま過ぎてちょっと扱いにくい生徒だったかもしれませんが……)。

眠気と戦いながら勉強したり、「勉強したくない〜!」と駄々を捏ねたり。色んなご迷惑もかけてしまいした。
最後は受験にも失敗してしまって、公立の中学校に行くことになったけど、それでもかけがえの無い時間だったと思います。

ちなみに3年後に進学した高校は、行きたかった中学校の高等部でした。6年越しに当時の夢を叶えたことになります。意図してそこに行った訳ではなかったけれど、なんだか不思議な感覚でした。それも本当は会ってお伝えしたかったなと思います。

そんな私も、ちょうど先生たちと同じ歳になりました。正確には年齢を聞かなかったけど、たぶんそのくらいです。この歳になって、社会のことも、仕事をするということも、少しずつ分かってきた気がします。

ちなみに大学ではアルバイトで家庭教師も経験して、改めて当時の私のような子供に何かを教えることの大変さも知りました。私もちょっとはあの頃よりも、大人になれたでしょうか。

受験シーズンを迎えると、毎年なんとなく先生たちにお別れの言葉をちゃんと言えなかったことを思い出していたので、ここに書かせていただきました。

本当にありがとうございました。先生たちもお元気で。
この言葉がどこかで届くといいな。そう思って筆を置きたいと思います。