人生はスタンプラリーじゃない。他人軸の「頑張る」では満たされない

「足るを知る」
ずっと私はこの言葉が大嫌いだった。
現状に満足せず、上を見ることが良いと思っていたから。
足るなんて知ってしまったら終わりだと思って、がむしゃらに頑張ってきた。
26歳で挫折するまでは……。
子どもの頃から「頑張らなきゃ」という気持ちが強かった。
それは幼い頃に撮った1枚のプリクラがよく物語っている。
7歳くらいの頃、ときどき叔母と2人で街に出かけた。
パルコでお買い物をしたり、不二家でパフェを食べたり、ちょっと大人のお姉さんみたいな遊び方をさせてくれる叔母が好きだった。
ある時はプリクラを撮って、2人で写真の上に文字のスタンプを乗せていた。
「楽しんでいこー!」「恋してます♡」「エンジョイしてる?」
いろんな言葉が並ぶなか、叔母にケラケラと笑われながら私が選んだのは、「頑張ります!」だった。
3月生まれで体が小さいこともあって、勉強も遊びも同学年の子たちになかなかついていけない。いつか肩を並べられるようになりたいという気持ちは、いつしか頑張らなきゃに変わってゆく。
中学の頃は、見た目もパッとせず引っ込み思案な性格も相まって、目立たず地味だった。
親が仕事で忙しくなかなか構ってもらえないから、家で1人で過ごすことが多かった。
他にやりたいこともないから勉強をして、本を読んだ。
そうして成績が伸びると、これまで私に無関心だった親や同級生に一目置かれるようになる。頑張れば頑張るほど評価される。
この頃から、心の中の「頑張らなきゃ」には歯止めが利かなくなっていった。
お金をかけてやっていると親から言われ、勉強して稼げるようになったら自由になれるんだという思いを強めた。
見下してくる同級生に対しては、この子達よりもずっといい高校・大学に行くんだと心の中で拳を固めていた。
そして、実際にいい大学に入り、サークル活動で全国入賞し、高い成績をおさめて有名な研究室に入り研究活動に勤しんだ。スタンプラリーのように、ひたすら実績を集めた。
足るを知らないことでたくさんのものが手に入り、私はどんどん自由になっていける、そう信じて疑わなかった。
そうして大学院を卒業した私は希望する会社に入社し、念願の自分で稼ぐことができるようになった。
やっとここまで来れた、という気持ちで安堵した。
……なのに、なぜだか全てがうまくいかなかった。
自分のやりたいことに挑戦しなさいと言われても、やりたいことが見つからない。
やらなきゃいけないことを誰かに与えて欲しかった。
これまで勉強しかしてこなかったから趣味がなく、人と馴染めない。
人とのコミュニケーション不足で仕事がうまく進まないこともしばしば。
悩みすぎてだんだんと仕事が手につかなくなり、一生懸命仕事をしているのに評価されない。
「あぁ、しんどい」
メンタルの浮き沈みも激しく、家に帰ると当時付き合っていた彼に電話をかけてずっと話し続けていた。
そんなとき友人が結婚したのを機に、私も結婚して人生を次のステージに進めれば、しんどくても仕事を頑張れるはずだと考えるようになった。
スタンプラリーの「仕事で活躍」の欄の次は、「パートナー」だったから。
どこか焦るように、彼と結婚しようと話を進めた。
でも、どうしても違和感があった。
彼を一生支えていける気がせず、踏ん切りがつかなかった。
……それもそのはず、ただスタンプラリーを集めたいだけの私には、他人と生きていく覚悟が足りなかったのだ。
結局、彼とは別れてしまった。
同じタイミングで親とも喧嘩をして距離を置き、会社の寮をでて一人暮らしを始めた。
私はひとりぼっちで、空っぽだった。
最初は寂しくて気が狂いそうで時間を持て余した。
しかし最初はぼんやりするばかりだったけれど、有り余る時間のなかで自分は何をしたいのか考えた。そして徐々に、たくさん本を読んだり文章を書いたり、綺麗な美術や景色を見に足を運んだりするようになった。
すると不思議なことに、これまで意識しなかったようなものに感動するようになった。
自分の目を通して見る世界がとてもキラキラしていたことに気がついた。
頑張って何かを手に入れなくても、ただこの美しい世界で生きているだけで幸せだった。
いまだかつてなく心が満たされて不思議な気持ちだった。
そうして迎えた昨年の大晦日、私は久々に帰省した。
長いこと電車に揺られてようやく辿り着いた実家のリビングで、ある歌が流れていた。
藤井風の「満ちてゆく」だった。
「誰にでも終わりがくるし、変わりゆくものはどうしようもない。それを受け入れて手放すと、心が満ちてゆく」
その素敵なメッセージは、お風呂上がりに喉を鳴らして飲む水のように、心に染み込んでいった。
もっともっと足りないと頑張っても、心はずっとカラカラのままだった。
誰かにカラカラの心を満たしてもらいたくて、他人軸で生きていた。
自分の意思が皆無だからスタンプラリーの台紙が配られないと、行動できない。
他人の目を気にした「頑張る」は、肩にガチガチに力が入っていて「緊張」とか「硬直」に近かった。
だから、社会に出て主体性と柔軟さが求められたら、硬直して動けなかったのだ。
本当の意味で頑張るためには、まずは自分の心が満たされていることが必要だった。
ここまで考えると、ハッと「足るを知る」という言葉が浮かんできた。
ずっと嫌いだったこの言葉は、これまでの私の弱さを教えてくれるメッセージだったのだ。
足るを知ることがどれほど大事か、今なら言える。
こうして足るを知った私は、スタンプラリーの台紙を手放した。
これからは真っ白な紙の上で、満たされた自分の心だけ大事に抱えて生きていこうと思う。
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