「それ、誰の仕事?」名も無き作業に埋もれた私を見ていてくれた救世主

「言わずにはいられない。厄介な性分なの」
そう言って少し照れたように笑う彼女がとても眩しかった。
入力作業、書類分類、ちょっとした片付け……。
誰がやってもいい仕事、名もなき家事的な業務が大抵私に降りかかってくるのは今に始まった事ではない。
地方の中小企業ではよくあることだし、職場で一番年齢が若い自分にそういう役割を与えられるのは当然だと思っていた。
私の存在意義ってなんだろう。
本当にやりたいことってなんだろう。
頭では理解しているものの、心のどこかで思うことがなかったわけではない。もちろん上長や同僚に伝えたこともあった。
「俺、面倒事嫌いなの。まあ適当にやっておいてよ」
「君が対応してくれた方が早いからさ」
そのうち、私が求められていることをこなすことでみんなが幸せを感じるなら、それこそが正解なのだと。そう思うことが正しいのだと自分に言い聞かせるようになった。
私は、自分の心を見て見ぬふりをした。声を上げることすら、そっと手放してしまった。
その人と出会ったのは、私が別部署に異動したタイミングだった(ここではAさんと呼ぶことにする)。
Aさんと私は同じ営業部ではあるものの異なる役割を担っている。
私よりも一回りとすこし上の方で、第一印象は「ハッキリしている人」。
相手が誰であろうと、たとえ自分が不利になろうとも、意思を、気持ちを、きちんと主張する。背筋のしゃんとした女性。凛としたその姿に密かに憧れていた。
その日も変わらず頼まれた書類を出力していると
「それ、誰の仕事?」
プリンターの近くを通りかかったAさんに声をかけられる。
「〇〇部長の××案件です」
「あなたも進行に携わっているもの?」
「いいえ。先ほどこれだけ頼まれて」
コピー用紙をセットしながら答えると、そう。とだけ言って去っていった。
次の日の朝。挨拶をして自席に向かうタイミングで声をかけられる。
「ごめんね、昨日。忙しいところお願いしちゃって。いつもありがとう」
〇〇部長だった。
一瞬、何に対しての言葉か分からなかった。
「プリント!いやね、Aさんが教えてくれたんだよ。いつもみんなが気持ちよく仕事をできているのはあなたがいるからだって」
戸惑う私を見て、彼は言葉を続けた。
「当たり前じゃないんだなって。色々なことに今更ながら気づいたよ。ごめんね」
受けた言葉が、私の中に一つひとつ広がってゆく。
心の中の泉に、やさしく雫が落ちてくる感覚。
みんな、忙しいんだ。
何も考えず、やればいいんだ。
私は?
誰にも気づかれない?救われない?
独りぼっちの私。
見つけて、ちゃんと見てるよって。
分かってるよって、言ってもらえた気がした。
私がやってきたこと、無意味なんかじゃなかった。
この人に、私は救われた。
この人が、私を掬い上げてくれた。
同日昼。給湯室にいるAさんを見かけて
「あの…!今朝、〇〇部長に」
言いかけたとき、窓から差し込む陽光が目に入り、淡い熱を帯びる。
Aさんは私の声のする方へ振り返る。
「私ねーー」
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