私は基本弱い。すぐに泣くし、弱音もすぐに吐いてしまう。世のお母さんと呼ばれる方達はフルタイムで働きながら育児している人も多い。それなのに私はどうだ。毎日数時間のパートと育児でヒーヒー言い、すぐに限界を超え、子供にあたってしまう。反省すべき点は多々ある。そんな私だが、いざ子供の命が関わってくると自分の底力が湧いてきてそれはそれは強くなる。おそらく、子を持った母親という生き物は並々ならぬ底力を発揮するときがある。

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息子が1歳過ぎの頃、高熱を出しけいれんを起こした。それは恐怖体験だった。夫もいない平日の昼間、フーフーと苦しそうに息をしていた息子が突然ガクガクとけいれんを始め、白目をむき、こちらの応答に反応もない。私はパニックになったが、とっさに熱性けいれんという言葉を思いだし、スマホで息子の様子をビデオ録画した。10秒ほど録画すると、救急に電話をかけ、救急車が到着するまでの時間で出かける用意をする。母子手帳、保険証、おむつにおしりふき、お茶とお菓子を鞄に詰め、自分の用意もする。その間も息子に異常はないか確認も怠らない。その行動の早さは今やれと言われても出来ないのではないだろうか。泣いている暇も弱音を吐いている暇もない。
今!息子を救えるのは自分だけだ!

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本能と言えるのだろうか。自分にこんなに冷静に行動できる力が備わっているなんて知らなかった。おそらく自分のピンチではここまで奮い立たされることもないだろう。息子という自分にも代えがたい存在のためにここまで強くなれるのだろう。救急車で病院に運ばれ、先生に「もう大丈夫。こんな状況で動画も撮れてよく頑張りましたね」と言われて初めて、ほっと心がほどけるのを感じた。じわっと目頭が熱くなり、呼吸をすることを思い出したように深く息をついたことを今でも思い出す。

母親とはこういう困難を乗り越えてどんどん強くなっていくのだろう。

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先日、保育園で一人の園児が階段を踏みはずし、額がぱっくりと裂け、おびただしい血が溢れてしまった。その子の母親はきゃーとは叫んだものの、その後の行動は冷静でそれ以上騒いだり、パニックになることもなく、今自分のできる事を必死にやっていた。その光景を見て、母親に備わっている強さを確信した。皆、いつもはふんわりとした優しい母親の姿をしているが、いざ我が子の命に関わるときスイッチが入ったように強さを発揮することが出来る。

よくお父さん方が「妻は子供を産んで変わってしまった」なんて嘆いているという記事を目にすることがある。それはこういうことなのだろう。いくつもの死線を乗り越えたくましくなっていく。母親とはいつも優しいだけではいられない。子供を守るために備わった底力が発揮されて初めて平和な日常が送れるのである。私はこれからも数々の困難に立ち向かい、どんどん底力をパワーアップして強く、たくましく、それでいて優しい母親になっていくだろう。
母親達はそうして今も力強く生きている。