いつも一番の味方でいてくれた。母になったわたしの理想の女性は、母

温かみもあり、芯がある強い女性。
わたしが「女性の強さ」を考えて頭に思い浮かんだのは母だ。
学生、社会人、そして結婚して母になった現在のわたし。
母はすべての時代を一緒に奔走してきてくれた。
約20年前ほどの中学生時代のこと。
毎朝、何度も母に名前を呼ばれ「もういい加減起きなさい!学校に遅刻するよ」と起こされる。起きなきゃいけないことは頭では分かっている。しかし、なかなか起きることができない。睡魔が圧倒的に勝ってしまう年頃と言い訳しておこう。
やっとのことで目を擦りながらリビングに行くと、ご飯の炊けた匂い、ジュワーっと卵焼きを焼く音が聞こえる。母はバタバタと忙しそうに動き回っている。
そんな姿を横目にわたしは、テーブルに用意されている朝ご飯を当たり前のように食べて学校に行く。
今思えば、毎日のご飯が用意されていることが、どれだけありがたいことか、胸が痛いほど分かる。当たり前なんかじゃない。
母はどんなに疲れていても眠くても、わたしを見捨てることなく根気強く起こし、朝ご飯を用意してくれていた。
中学生は毎年クラス替えがあった。
人見知りのわたしは、毎年春が嫌いで胃が痛くなっていた。
風で揺れるピンク色の桜たち。その光景に四季を感じる余裕もないくらい。
新しいクラスが発表され、仲のよいお友達と離れて家に帰ると、母は温かく「おかえり、おやつ食べる?」と迎えてくれた。
何も言わなくても伝わる。帰ってきたわたしの顔をみて、すぐに母は全てを察したのだ。
母の笑顔には、静かで揺るぎない優しさと強さが宿っていた。
不安に押しつぶされそうなわたしは、涙が溢れそうだった。しかし、泣くのは恥ずかしいと必死に堪えた。
深く聞くこともなくわたしが話すことを待ち、支えてくれた母。
その後、高校を卒業し大学受験に向けてわたしたち二人三脚での戦いがはじまった。
毎日の塾通い。帰宅は夜23時すぎ。
母は毎日の送迎、お弁当作りとわたしを支え続けてくれた。
模試の結果が悪く、落ち込んだときは「大丈夫、大丈夫。本番できればいいんだよ」と励まし続けてくれた。
結果、大学受験は失敗してしまったが、専門学校に入学し社会人に。
わたしは社会人1年目から家を出て、寮生活をはじめた。
はじめての社会は分からないことばかりで、毎日が必死だった。
もちろん朝起こしてくれる人はいない。
朝ご飯を用意してくれる人もいない。
帰ってきても「おかえり」と迎えてくれる人がいない。
とても寂しかった。
とても心細かった。
これが「社会人になる」ことなのか、と現実を突きつけられた気がした。
胸がギューっと締め付けられた感覚を今でも鮮明に覚えている。
学生時代の部活、習い事、将来のやりたいこと。全てのわたしの選択肢を母は否定することなく、どんなときも1番の味方で応援してくれた。
そんな母の姿にわたしは「女性の強さ」を力強く感じた。
本当は弱さもあり、辛いこともたくさんあっただろう。しかしわたしはその弱さを見たことがなかった。
母になった今、わたしは自分のように子どもたちに同じことをしてあげられるだろうか。
育児で壁にぶつかったとき、母だったらどうやって子どもに声をかけるだろうか、とときどき思うときがある。
今はまだ母のように、強くなれていないけど。
いつか母のような強い女性になりたい。
わたしの理想の女性像は母だ。
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