生きている証を残すために。エッセイを書き続けた自分へありがとう

私は今年、30歳になる。この前大学を卒業したばかりだと思ってたのに、時の流れは年を重ねるごとに早くなっていく。
30歳になるということは、「かがみよかがみ」の対象年齢から外れる、ということだ。たまに年齢制限のないエッセイを募集しているが、ほとんどは18〜29歳が対象だ。
私は、かがみよかがみを卒業する。
初めてエッセイを投稿したのは26歳の頃。SNSでたまたまかがみよかがみの広告を見つけたのがきっかけだ。その時の募集テーマは「バレンタインの思い出」だった。テーマを見て、とあるエピソードが頭に浮かんだ。そして、試しに書いてみようと思ったのだ。
文章を書くのは得意ではなかった。学生時代の苦手科目は国語だったし、作文や小論文が大の苦手で、受験で小論文を課す大学は選ばなかった。
それでも、大学のレポートや論文で、文章力はある程度鍛えられた。おかげで、人並みに文章を書けるようになったと思う。
初めて書くエッセイ。構成を意識する一方、思い浮かんだエピソードを書き連ねた。書き上げたはいいものの、字数を大きくオーバーしていたため、添削作業を行った。
そして出来上がったエッセイ。ドキドキしながら提出した。
数週間後、編集部から採用の連絡が来た。私は驚きと喜びでいっぱいだった。自分が書いた文章を評価してくれると思ってなかったからだ。評価された、その事実が嬉しかった。
指摘事項の修正を経て、私のエッセイはかがみよかがみのウェブサイトに公開された。
自分の書いた文章が、ウェブサイトに掲載されるなんて、思ってなかった。それと同時に、私の書いた文章を評価してくれる人がいるということに自信を持った。
以降、私はエッセイを投稿し続けた。採用された際の編集部からのコメントを読むのも楽しみにしていた。私のエッセイの最初の読者の率直な感想をいただけて嬉しかったのだ。それだけでなく、自分では気が付かなかったことを編集部の方はフィードバックしてくれた。そのおかげで多面的な考え方を持つようになったと思う。
エッセイを毎週のように書き続けていた頃は、話題を見つけてはエッセイを書いて提出していた。それが一種のルーティンになっていたのだ。それくらい、私はエッセイを書くことを楽しみにしていた。
一方で、なかなかエッセイを書けなかった時期もあった。ストレスで体調不良が続いていた頃や仕事が忙しかった頃、休職していた頃はどうしてもエッセイを書く気にはなれなかった。かがみよかがみのサイトやSNSを見ることも辛かった。現に今も休職明けで、久々のエッセイ執筆でうまく書けているか自信がない。
そんな状況でも、無理してでも向き合いたいテーマがあった時はエッセイを書いた。直近だと「わたしと休職」だ。ちょうど休職している時にこのテーマが発表され、這ってでも書いてやると思って執筆した。
そこまでして、なぜ私はエッセイを書くのだろう。
それは自分がこれまで生きてきた、そして、生きている証を残したいからかもしれない。あの時自分は何をしていたか、何を考えていたか、自分の歩んできた道のりを可視化したかったのだ。
これまで90本以上のエッセイを、かがみよかがみにて掲載させていただいた。その数に自分でもびっくりしている。その分、自分の生きてきた証を残すことができた。
これまでエッセイを書き続けてきた自分に「ありがとう」と言いたい。
かがみよかがみを卒業するのは寂しいけれど、年齢制限のないテーマの時はまたエッセイを投稿したいと思う。
かがみよかがみ編集部の皆さん、私のエッセイを読んでくれた皆さん、ありがとうございました。
かがみよかがみは「私は変わらない、社会を変える」をコンセプトにしたエッセイ投稿メディアです。
「私」が持つ違和感を持ち寄り、社会を変えるムーブメントをつくっていくことが目標です。
恋愛やキャリアなど個人的な経験と、Metooやジェンダーなどの社会的関心が混ざり合ったエッセイやコラム、インタビューを配信しています。