「あなたの強みは何ですか?」と何十回も聞かれてきた。面接ではもちろん、ちょっと改まった研修の場や社外の講座などで、自己紹介の後には決まって質問された。

その度に「同じ会社に20年勤めていることです」と答えてきた。20年続けてきた事実は、まるで勲章のように思えるが実際は違う。本当は一度も“辞めたい”と思わなかったわけじゃない。ただ、毎回タイミングを逃し、気づけば20年が経っていただけなのだ。

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私の会社には、半年ごとに働きぶりを上司から評価される面談がある。数字目標に対する達成率や、数字では表せない頑張ったことをアピールできる場だ。その場でとうとう言われてしまった。
「20年勤めていて、かつては若手役員としても活躍されたのに、今は目立たずくすぶっているんですね。もったいないとは思わないのですか」この言葉は決定的だった。私はこの会社で出世したいとは思っていない。ただ今の業務は好きだから、もっともっと極めたいと思っている。それを伝えても上司はもっと自分をアピールして、上を目指せという。
20年勤務していることは強みでも何でもない。どころか、足かせになっている気さえした。

業務を極めたい私と、業務は十分だから上を目指せという上司。交わらない場面に遭遇したこんなとき、人は仕事を辞めるのだろうか。これが辞め時というやつなのだろうか。

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私はそもそも何をしたいんだっけ?と過去を振り返ったとき「あ、私、書くことが好きだった」と思い出した。評価面談の資料を作っている際にたまたま思い出したのだ。
書くことを勉強してみようかな、定年以降のセカンドキャリアとして書くことに携われたらいいな、最初はそんな軽い気持ちだった。

ライター講座を受けた。週に1度、毎回課題が出る。苦しみながら提出し、その添削が戻ってくる。思うように書けないことが苦しかったが、それ以上に楽しかった。
自分の感情がぴたりとはまる言い回しが見つかったとき。人の話を聞き、どの順番で、どの言葉を使えばより読者に伝わるかを考え、言葉を吟味する時間。それは、今までの人生で味わったことのない、豊かな時間だった。
全12回の講座を終える頃には、私はライターになることを決意していた。

講座が終了した当日からライター募集を毎日チェックした。2週間ほどたったある日、エッセイやコラムを書けるWebメディアでライター募集をしていた。未経験だったが、このメディアで書きたいと強く願い、勇気を出して連絡してみた。

応募にはまずポートフォリオを提出してほしいという。ポートフォリオと一緒に、自己PR・志望動機、そしてそのWebメディアをすみずみまで読み、テストライティングまで書いて応募した。ライター未経験という理由で不採用になるのだけは避けたかった。
その熱意を買ってもらえたのか、採用していただけた。今では念願のコラムを書くことができている。

編集者から「こゆきさんが書かれていたことを実践してみました」「経験者しか書くことのできない素敵な文章です」と評価をいただけた。ようやく、自分のやりたい道と求められている期待が一致した気がした。

本業でくすぶっていても、目が出なくても、評価されなくても、他の場所で輝けばいい。
今、置かれた場所だけが居場所じゃない。しなやかにたくましく、咲く場所を探せばいいのだ。