小学生のとき、不審者対策の一つとして「なるべく一人で帰らない」というルールがあった。同じ方面に住む子と一緒に帰ること。低学年であればあるほど、このルールを律儀に守った。

私の実家は学校から遠いところにあって、遠さだけで言えばクラスの中でも割と上位だった。そして同じ方面に住む子も少なく、唯一帰り道が同じクラスの男の子といつも2人で帰っていた。

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ある日、雨が降っていたときに一緒に帰っていた男の子(以下A君)が傘をひっくり返して遊び始めた。傘の内側に空気抵抗を受けることで、骨組みがひん曲がり傘が逆にひっくり返る。その現象を私はそのとき初めて見た。

そうなると試してみたくなるというのが子どもの性で、私も濡れることに構わず、自分の傘を思い切り振り回した。空気抵抗を思い切り受けた傘はそのまま見事ひっくり返る。……ことはなく、ボキボキ、と音を立てて骨組みがあらぬ姿に砕けた。

未だにこのひっくり返しが成功する条件と失敗する原因はよくわからないのだけど、とにかく私は手持ちの傘が傘として機能しなくなったことにショックを受けた。ついでに失敗した私を大笑いしたA君にも腹が立った。

それからどう帰ったのか覚えていないけれど、家に帰って壊れた傘を見た母が大して怒らなかったことだけは救いだった。その日のうちに新しい傘を買いに行った。

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次の日、学校に行って先生に昨日の帰りのことを話した。そのときの私は昨日あった出来事と、強いて言えば「傘が壊れた私可哀想でしょ?」ということを知ってほしかっただけで、A君を叱ってほしいわけではなかった。

ただ、その出来事を話すには当時の私の話術では難しく、結果として「A君にそそのかされて瀬璃は傘を壊した」「だから新しい傘を買った」という、A君にとってあまりにも理不尽な要素だけが伝わってしまった。母は「まぁ小学生たるもの傘の1本や2本壊すわい」というスタンスだったので、我が家としては微塵も気にしていなかったのだが、先生にとっては大問題だったのである。

数日後の休日、家にA君と彼の母親が訪ねてくる。彼らは新品のピンクの傘を持っていて、私と母に「すみませんでした」と頭を下げた。母は大慌てで「全然大丈夫ですよ!こちらこそすみません!」と恐縮し、私は困惑した。そのピンクの傘は私のために買って来てくださったものだった。

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何気なく先生に話したことを後悔した。確かに傘をひっくり返そうと思ったきっかけはA君であっても、実際にひっくり返して失敗したのは私である。母もそれに対して怒っていなかった。それなのに先生に話したことで、完全にA君が悪者になってしまい、彼はきっと先生にもお母さんにも叱られたことだろう。

当時は"後ろめたさ"なんて丁度いい言葉は知らないから、自分の気持ちをどう表現すればいいかわからなかったけど、急に手に入ってしまった2本の新しい傘が苦しかった。

せめてもの償いで、しばらく雨の日はA君から貰ったピンクの傘の方を使った。A君とどことなく気まずくなって、それから一緒に帰る回数はだんだんと減ってしまった。
今でも登下校中の小学生が傘をひっくり返して遊んでいるのを見ると、そのときのことを思い出して少し後ろめたくなる。