「俺のノウハウ全部叩き込む」の期待にこたえられなかった後悔

現在、休職している。上司と上手くいかず、逃げるように休職した。もう会社に未練はないので、このまま転職するつもりだ。もう会社の人と顔を合わせることもないだろう。
でも、一人だけ、もう一度会いたい人がいる。同じ部署の先輩だ。
元々組合活動などで顔を合わせることも多く、私が同じ部署に異動してからすぐに打ち解けた。
仕事の引き継ぎはほとんど先輩から受けた。何でもわかりやすく、粘り強く教えてくれた。
先輩には何でも話したし、先輩もいろいろ教えてくれた。仕事のやり方を叩き込んでくれた。仕事論や会社の将来について、何時間でも話した。プライベートの話も沢山した。男女の恋愛観の違いについて終電まで飲み明かした。
元カレがクズであることに気づかせてくれたのは先輩だった。何かと視野が狭くなりがちな私に、ゲームのように自分を客観視するといいと教えてくれたのは先輩だった。大仕事を終えた後のビールの美味しさを教えてくれたのは先輩だった。
先輩とは沢山話したが、中でも忘れられない言葉がある。
私が大きな仕事を終えた日のことだった。先輩が飲みに連れて行ってくれた。
キンキンに冷えたビールで乾杯してから、その日も仕事について話していた。
優柔不断な私を気遣って、先輩がどんどん注文してくれるのはいつものこと。そして注文したつまみがどれもその時にぴったりで最高に美味いのもいつものことだ。
そしていつもながら私の酔い具合が一番丁度いいところで、「もうちょっと飲みましょうよ〜」と絡む私を制止するのも先輩の仕事だった。
最後の一杯を飲み干して、先輩は言った。
「俺の後輩になったからには、俺の仕事のノウハウ全部叩き込んでやる」
その一言で私がどれだけ救われ、励まされたことか。
いつも不安でいっぱいで、手探りで頑張ってきたが、先輩の一言でぱっと足元が照らされたようだった。尊敬する先輩に期待してもらえて嬉しくて、どこまでも頑張れる気がした。
今先輩に会えるなら、復職支援に通って学んだこと、私自身が変われたことを話したい。先輩が言っていた、自分を客観視するということ、やっとできるようになったと伝えたい。
それから、今付き合っている彼との話をしたい。先輩には散々恋愛相談をしてきた。苦しい恋愛も経験したけど、やっと幸せな恋愛ができていることを伝えたい。
先輩の期待に応えられなかったことが悔しい。会社に未練はない。でも、先輩の期待に応えられなかったことだけが、本当にたった一つの心残りだ。先輩が期待して、応援してくれたこと、本当に本当に感謝している。それを伝えたい。
きっと先輩に会ったら、私は泣いてしまうだろう。先輩を困らせたくない。それに会社を辞めたら、私はもう後輩ではない。だから会うつもりはない。
それでも願ってしまう。もう一度だけ会いたい、と。
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