「ここにいていい」と思えた。話さなくていい場所を、やっと見つけた

ずっと気になっていた、“おひとり様専用”のカフェ。
SNSで見つけてから、行ってみたい気持ちはあったけれど、なんとなく一歩を踏み出せないまま時間が過ぎていた。
けれどある日、朝起きた瞬間に思った。「今日はもう、何もしたくないな」と。
疲れているとか、眠いとか、そういう単純なことじゃなかった。ただ、心がまっさらになる時間がほしい。人とも会いたくないし、頑張ることからも距離を置きたい。
そう思った私は、有給を一日分、まるごと自分のために使うことにした。何かをするための休みじゃなくて、何もしないための休み。こんなふうに、自分のためだけに時間を使うのは、実はこれが初めてだった気がする。
お昼前、ようやく重たい体を起こして、ゆっくりと家を出た。
電車に揺られながら、ずっと気になっていたあのカフェの場所を、スマホで調べる。ほんの少しだけ都会の喧騒から離れたエリア。駅から歩いて数分、住宅街の中にひっそりとそのお店はあった。
入り口の扉のそばに、まるで「ひとりで来ていいよ」と語りかけるように、椅子がひとつ置かれていた。
中に入ると、心地よい音量で静かな音楽が流れていて、誰とも目が合わないように席が配置されている。ひとつひとつの席には仕切りがあって、声をかけられることもない。店員さんも必要以上に話しかけてこない。その「話さなくていい」という空気が、ただただありがたかった。
注文を済ませて、ふかふかの椅子に腰を沈めた瞬間、胸の奥のほうがじんわり温かくなった。それと同時に、少しだけ涙がこぼれた。
悲しいわけじゃない。ただ、自分の中にこんな感情があったのかと、不意を突かれたようだった。言葉にしようとしても難しいけれど、「ここにいていい」と思えた。ただそこに存在しているだけで満たされる感覚。何かを話さなくても、誰かと一緒じゃなくても、ここでは私はそのままでいられる。そんな場所に、やっと出会えた気がした。
店内には、私と同じように一人で来ている人たちが、静かにコーヒーを飲んだり、本を読んだりしていた。
「きっと、みんな何かを抱えながら、でもこうして静かに自分と向き合う時間を持ちたくて来ているんだろうな」
そんなふうに思ったら、ひとりでいるのに、少しだけ救われた気がした。まるで、何も話していないのに「わかるよ」と言ってもらえたような、不思議な感覚だった。
都会の生活は、楽しいこともあるけれど、気を張ることも多い。
仕事をするとき、誰かと話すとき、何かを選ぶとき。いつもどこかで「ちゃんとしなきゃ」と思ってしまう。その積み重ねが、気づかないうちに心をすり減らしていたのかもしれない。
でも、このカフェでは違った。誰に見られているわけでもないし、誰かと比べる必要もない。心の中に、やわらかな居場所ができたような感覚だった。
「また来よう」と思った。
都会に疲れたら、ここに戻ってきて、静かにリセットしよう。でもそれだけじゃない。このカフェで感じた、言葉にしなくても満たされる感覚を、これからの日常の中にも少しずつ持っていたい。誰かと話しているときも、仕事でバタバタしているときも、心の中にそっとこの場所の空気を持っていたいと思った。
あの日、有給をまるごと一日使ってよかった。
またひとつ、自分を大切にする方法を見つけられた気がして、心からうれしかった。
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