「強か」の語源を調べたきっかけは、前職でのとある先輩の話だった。

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飲み会に行ったとき、酔った勢いで己の浮気遍歴を武勇伝のように語られたのだが、その中にとんでもないエピソードがあった。

先輩には長年付き合っている彼女がいるのだが、浮気癖は止まらず、相手を変えてワンナイトを繰り返す日々。ある日、街でナンパした女の子を自宅に連れこんで事に及んだが、次の日の朝から彼女が家に来ることをすっかり忘れていたらしい。

「寝てる女の子を慌てて起こしてさ、彼女が来る前に帰したんだよ。そしたら最悪、そいつライダースジャケット忘れて帰ってんの」

よくある話だ。ライダースジャケットというワードから、先輩の好みのタイプが若干辛めの女の子であることが伺える。

「しかも俺そのジャケットに気づかなくて、来た彼女が気づいたんだよ。"どしたのこれ"って聞かれて、"間違えて買った"って誤魔化したら"レディースだけど"って言われて焦ったよね。間違えて買ったを貫いたら納得してくれたけど、いけたかなぁ」

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いけてるわけない。レディースのライダースジャケットなんて肩幅も丈感もメンズと一回りも違うし、決して安くはないのだから、「とりあえず手に取ったものを買ったらレディースでした」なんていう稀有な場面でない限り間違えるはずがない。結論、いけてるわけない(2回目)。

女の子がわざと置いて帰ったのだろう、というのが飲み会の場にいた女子全員の見解だ。そもそも上着を忘れて帰るということ自体があまり無い出来事である。強かな女の子だと思った。

さらにこの話は衝撃的な展開を迎える。そんなハラハラなワンナイトがあった数ヶ月後、偶然にも街中でその女の子と再会したという。そのまま飲みに行き、またも家に誘うと、今度は女の子のほうが「彼氏がいる」と暴露したらしい。

私は横転した。彼女持ちと彼氏持ちがワンナイト。それだけでは飽き足らず、ツーナイト。女の子も彼氏がいると暴露した直後にそのまま家について来たというのだから恐ろしい。彼らの倫理観は一体どうなっているんだ。

ただそのとき私が抱いた思いは、先輩への嫌悪感でも、そんな先輩と未だ付き合っている彼女への憐れみでもなく、ただひたすらに強かな行動をとるライダースジャケットの女の子と話がしてみたいという願望だった。

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女の子の行動は褒められたものではないが、全面的に非難できるかと問われれば自信がない。彼女は強い、強すぎる。生命力だけで競うなら、私はきっと負けている。だって私は、早朝の肌寒い外を上着無しで帰るなんてできないから。

先輩の話を聞き終えて、私は少なからず落ち込んだ。未だ恋愛経験0の私はもう少し強くならなければならないのではないか。この世の摂理が弱肉強食なのだとしたら、私は早々に敗退してしまう。

いっそライダースジャケットの女の子の彼氏と先輩の彼女がどっかで繋がって浮気してれば面白いのに、と考えつくのが今の私の強かさの限界だ。この考えを先輩に言ったら「確かにそれおもろい」と軽く笑われて終わった。お前の強さはその程度だと言われたような気がした。