会社という戦場に咲く小さな花を胸に探す、自分らしい働き方

私にとって会社とは、戦場に近い場所だ。
今日も会社では他人と会話の駆け引きをして、精神をぴりつかせる。
重厚に装備しているけど、まるで一人だけ防具をつけ忘れているような緊張感が、常に心の片隅に居座っているのだ。
誰かのオーラや表情ひとつ、言葉ひとつで空気がガラッと変わる場所。
そんな中で、私は毎日「今日は無事に終われるかな」と内心で呟きながら、他人と駆け引きをし、次の日に備えて体力を温存している。
「会社とは、友達にもなりすぎたくないけど、敵にもなりたくない場所」
この微妙な距離感を感じたのは、社会人になって2度目の転職の頃だった。
仲良くなったと思っていた人たちは、部署が変わったり、会社を辞めたりしたとたんに、ぴたりと連絡が途絶える。
「あの人、元気にしてるかな」と思い出しても、わざわざ連絡することはない。
あのときの笑い合いも、相談しあった悩みも、すべて「会社」という枠組みがあったからこそ生まれた一時的なものだったのかもしれない。
会社で仲良くなった人たちは、会社を離れれば、あっという間に疎遠になる。
「ここでは助け合うけれど、ここを出たら無関係」
──それが、会社という共同体のリアルなところだと知った。
上司との相性ガチャは、これまでほとんどハズレばかりだった。
アルバイト時代も数えると、これまでに勤めた会社は7社。
そのうち5社で「うまくいかないな」と感じた。
もはやこれは、私の側に何か問題があるのではないか、と自分を責めそうになるくらいだ。
けれど、よく思い返してみると、不思議なことに同僚や先輩との関係はむしろ良好なことが多かった。
笑いあったり、悩みを分かち合ったり、心から「この人たちと一緒に働けてよかった」と思えた場面もあったのだ。
だから、私は「これは運の問題だ」と、半ばおまじないのように信じることにしている。
そうでもしないと、どこかで折れてしまいそうだから。
職場の環境も、最初のうちはいい。
制度も人間関係もスムーズで、「今回は長く続けられるかも」と期待する。
でも、時間が経つにつれて、環境や待遇がじわじわ悪化していく。
制度が変わり、人が入れ替わり、最初の心地よさがまるで幻だったかのように消えていく。
そんなとき私は、泥船にしがみつくような気持ちになる。
沈みかけているとわかっているのに、簡単には離れられない。
「このままここにいたら、私は壊れてしまう」
内なる直感が警告を鳴らす。
誰にも言えなくても、その声だけはごまかせない。
転職を決断しなければならないと悟る。
実際、私は過去に数回、心身ともに追い詰められて体調を崩した経験がある。
あのときの自分を思い出すたびに、もう無理はしないと決めている。
職場の環境は、自分の力ではなかなか変えられない。
だけど、自分がどこに身を置くかは、自分で選べる。
その選択肢を持っている限り、私は自分の居場所をあきらめないでいたいと思っている。
会社とは、やはり私にとっては「戦場」だ。
けれどその中で、たまに咲く小さな花のような瞬間を大切にしたい。
ふと誰かと笑い合えたとき。
誰かと一緒に仕事を頑張ったとき。
そんな瞬間があるからこそ、私は完全に戦場を憎みきれずにいられるのだと思う。
私は現在は正社員で勤めていた会社を退職し、キャリアスクールに通いながら今後を模索しているところだ。
環境や他者との相性に縛られず、自分の力で生きていく「フリーランス」か、正社員として、戦場のなかにひそやかに存在する「休憩所」のような居場所を探す道もある。
どちらが正解かは、まだわからない。
迷いながらでも、立ち止まりながらでも、私はこれからも「自分らしい働き方」を叶えるために前を向いて歩いていこうと思う。
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