就職活動のキラキラと現実の社会人生活との間にあるギャップ

大学3年生、どこからともなく始まった就職活動。決まった手順も、方法も何もない中で、 正解のわからない戦い。服装もメイクも。
ポジティブな見方をすれば就職活動は自由で、そもそも就職してもしなくてもいい。
理系や、先輩につてがあれば、紹介してもらったり。アルバイト先でそのまま就職するなんてこともありだろう。すぐに会社に属さなくても、青年海外協力隊とか、地域おこし協力隊とかに所属することもできるし。芸能活動をすることだって、フリーターになることだって、起業することだってできる。自由だ。
自由というと響きはいいけど、私にとっては自由という名の地獄だった。好きなこともやりたいこともあるけど、向いている職業も、特に昔から入りたい会社も無かった。見つけ方も知らなかった。
見よう見まねで始めてみるも、働き方に正解はないのに、就職活動の服装や所作、マナーといった線引きはあった。自由という部屋の中で、あちこちに入っていけない線が引いてあるような感覚だった。
就職活動の中で会う社会人は、みんなイキイキしていた。確かにどんよりとした雰囲気の会社に入りたいとは思わないし、それが正解。でも、実際に社会人になってみると、大抵の場合、そういった表舞台に立っている人は、ごく数人で、会社の中にはストレスや矛盾や理不尽と戦っている人の方が多いように思う。私がそうだったから、そう見えるだけだろうか。
美味しそうな餌をぶら下げて、意欲のある学生を釣りあげる会社。
私自身も、就活中は、嫌々ながらも、会社の理念に共感できるとか、社会貢献したいとか、将来への希望に満ち溢れていた、と思う。
社会人としてやっていくには、どこの会社でも理不尽はあるし、時に泥臭いことをしなければならないときもある。ビジネスだから、慈善事業ではないのだから。頭ではわかっている、でもやっぱり納得できない自分がいて苦しい。
学生時代は、あんなにも自由に動けていたのに、社会人になると、上下関係とか、取引先とか、会社のしがらみとかに縛られて、思うように動けないことの方がほとんど。
理想や夢を語るのは素敵だけど、現状では日本の就職活動、学生と会社の間には、乖離がありすぎるように思う。
だって、実際には残業が多いのだから。その仕事に携わることはできないのだから。休みなんて簡単にはとれないのだから。そんな高い志を持った人なんてほとんどいないのだから。
100%の善人なんていないのはわかっている。当たり前に、100%ホワイトな会社がないこともわかっている(その人がホワイトだと感じる基準も、違うだろうし)。
どこかの国では、大学でいきなり就職活動がはじまって、卒業と同時に働き出す日本とは違 い、もっと若いうちから社会、会社を知るような仕組みが学校にあるらしい。
私ももう少し早くから、そんな風に、就職活動と戦う、準備期間が欲しかった。社会人になってしばらくたっても矛盾や理不尽を正面から抱えてしまい、もがいている私に、もう少し気持ちの準備をする期間が欲しかった。会社にすぐに所属することが全て、正解ではないと教えて欲しかった。
会社がいいところしか見せないように、こちらも嘘とはいかないまでも、綺麗に繕ってアピ ールしなければいけない。でも私にはそれが難しかった。結果、就職活動はうまく行くはずもなく、いわば不完全燃焼といった形で幕を閉じた。いまだに何が正解かわからない。
就職活動で会う人はみんなキラキラしていて優しくて、憧れた。社会人になる前の私たちは、まだ見えない自分の将来への不安の中で、そんな大人たちの姿をみて、希望や期待を持った。でも現実社会でそれらが報われることは少ない。
どうしたらそのギャップを埋められるのだろう。どうしたらお互いに苦しまずに、マッチング出来るのだろう。かつての私(学生)と会社とは、まだまだ距離があるように感じる。
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