恋か憧れか。彼はまだあの街にいるはずなに、視聴時間が減っていく

とても好きな配信者がいた。好きになったきっかけは最早覚えていないのだけれど、彼の人間性をずっと愛していた。いわゆるガチ恋に近い。すごく素敵な人だった。もう二度と出会えないと思うくらいには。
彼はとあるゲームをプレイしている。それは少し特殊なもので、ゲームの中でひとつの街を作り、配信者同士が交流しながら、一住民として生活する。出会いや別れ、喧嘩、遊び、たくさんの要素があり、現実社会と同じように、役割や立場を持つ。その中で彼は、ひとつの組織に所属していた。仲間に囲まれ、けれど一歩引いた場所から周りを見ている人だった。
彼は毎夜配信をしていた。当時は夕方の十七時から朝の五時まで。一日十二時間は流石に追いきれなかったが、できるだけ全てを目に焼き付けようと必死だった。彼は何気ない瞬間に、自分の内面をぽつりと告白することがある。その言葉は宝石みたいな輝きをもって、私の前に落ちてきた。
「他人に期待しない、ね、それは諦めだ。楽だろうけど何にもない」
分かる、分かるよ。思わず声に出して頷いていた。画面越しに、届くはずもないのに。
一言で表せば、彼は諦められない人だ。どれだけ落胆しても、絶望しても、ただ一筋の希望を見つけようとする。周りに期待せず穏やかに過ごそう、なんて論調もある中で、彼は人間に期待し続けていた。いや、期待せずにはいられなかった。仲間と揉めてため息をつき、苛立ちを隠してへらりと輪に戻る。現状で満足です、なんて顔をしながら、仲間の成長や変化を一番望んでいるのは彼だった。
彼は配信の同時視聴者数があまり多くなかった。百人弱がデフォルトで、夜明け前は二十〜三十人くらいの時も。私が見ていなきゃ、と思ってのめり込んだ。彼の本音を聞くために。ふと溢れるものを落とさないように。思っていることが上手く伝わらず、投げやりになる彼は、いつも寂しそうだったから。
あくまで。彼と私は、配信者と視聴者。舞台の上と観客席は交わらない。
一年くらい視聴し続けていた頃。とあるイベントで、彼の指揮能力が取り沙汰された。組織内では当たり前だったことが、表に出ると素晴らしい能力として評価されたのだ。鰻登りの視聴者数、誰もが彼を応援した。私は彼が正当に評価され始めたことが嬉しかった。同時に、少し遠くにも感じた。
彼の中身は何も変わっていない。変わったのは私だ。推しが売れたら冷める、そんな言説は当たっているのかもしれない。最低だ。私でなくとも、見守ってくれる人は他にいるんだと思った。少しずつ視聴時間が減っていき、フェードアウトした。彼はまだ、あの街に居るのに。
好きだった。彼の言葉、立ち居振る舞い、何もかも全て。特に、彼の考え方は、私のお守りだった。「自分にとって居心地の良い場所は自分にしか作れないからね」と言って、辛抱強く何ができるか思案し続けるところとか。口に出し、素直に努力できる人はほんの一握りだと思う。
これが恋だったのか、憧れだったのか、今となっては分からない。そしてお客が演者に恋をしたとて、それは実らないものだ。だから、どちらでもいい。彼が幸せでありますように。遠くなった今も、それだけは祈り続けている。
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