「また連絡するね」卒業式で、確かにそう言い合って別れたはずだった

「3年間ありがとう。また、連絡するね」
進学や引っ越し、それぞれの進路に不安と期待が混ざっていた高校の卒業式の日、確かにそう言い合って別れたはずなのだ。
でも、希望の大学に進学した私と、一浪することを決めた彼女では、なかなか会えるきっかけを作れなかった。18年間、学校という小さな世界で生きただけの私には、一浪するということが、1年間、前に進めないということが彼女にどんな感情をいだかせるのかが分からなかった。帰省のたびに連絡を入れようか迷い、結局一度も連絡することはできなかった。
高校1年の時、クラスメイトにすごく仲良くなった友達がいた。3人兄弟の長女だった私は、小学生のころからしっかり者で周囲の友達はもちろん、先生からも学習の遅れているクラスメイトやいじめられて保健室に通っていた友達との橋渡しなど、頼られたり面倒を見たりすることが多かった。
そのことについて、嫌だったり辛いと感じたことはなかったと思う。頑張ってもなかなか勉強が進まないこと、クラスのいじめられっ子になることは、誰かの責任ではないし、誰かの責任にはならないとしても対応する人が必要なことは幼いなりに理解していたし、先生が口出ししない方がいい場面があることも感じていた。
でも、高校まで進学すると面倒見がいいことは、ちょっと大変なことも多いのだと知った。予習を見せてほしいと頼まれたり、テスト勉強の解説を求められたり。私にも私の考えやペースがあり、面倒見がいい、頭がいいという理由だけでいろんなことを頼まれるのは、正直辛い時期があった。
そんな時、相談に乗ってくれたのがその友達だった。
マイペースに人をおちょくる性格だった彼女に最初こそ、とっつきにくい印象を抱いたが、ちゃんと自分の意志があり不用意に私にいろんなことを期待しない彼女との関係はとても心地が良かったし、人間関係・進路相談、さまざまな場面で助けてもらった。それまで、どちらかというと頼まれごとが多くて相談に乗る側だった私に、相手の性格に関わらず相性はあるし嫌いな相手のお願いまで叶えることはないと言ってくれた。私にとってそんな相手は貴重で、大切な友人だった。
そんな大切な相手だったはずなのに、高校を卒業した後に会ったことは数えるほどで、lineでのやり取りもいつの間にか疎遠になってしまった。彼女が浪人の末に希望する進路へ進むことができたのかすら聞けないまま、私は高校生だったあの日々を思い出している。
今、振り返ると私は私のことに精一杯で、そんな私に答えをくれた彼女が何を考え悩んでいたのか知ろうとしていなかったように思う。私の悩み事にいとも簡単に答えをくれた彼女に悩み事なんてないと信じて疑わなかった。大学を卒業して社会に出て働きだした今、あの頃の悩み事なんてちっぽけだったと思えるほど、毎日いろんな不安や心配事がある。もう一度、彼女に会えるなら、今度は一方的に助けを求めるのではなく、一緒に悩んで解決できる関係を作りたい。
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