年功序列社会は頑張り損の社会。だから私は自己保身を覚えた

私が人生で最も愛し、憎んだ相手は、会社。我が親愛なる弊社である。
あ、どうか笑って聞いてほしい。
社会人1年目、私は弊社に恋していた。
初期配属の部署は希望通り。年功序列で、評価次第で昇給もある。私は新人研修で評価が高かったし、きっと活躍できる。期待と熱意が風船のように膨らんでいた。
私は早く先輩に追いつこうと、好き嫌いなく取り組んだ。隙間時間でコツコツ学び、指摘は書き留め繰り返さないようにした。やりづらい所は惜しまず改善した。
我ながらかなり頑張った。これはA評価、ひょっとしたら最高のS評価、もらえちゃったりして。そう思った私に手渡されたのは「普通」のB評価だった。
その途端、ぱちん、と何かが割れた音がした。
正直、4月の時点から違和感はあったのだ。
「弊社は在籍するだけで給料がもらえる」
そう言ったのは、同じ大学卒の3つ上の先輩だった。
組織にこういう人もいるのは仕方ない。これから人生の大半で働くのだから、レベルアップしていく方がずっと楽しいはずだ。気にせず頑張ろう、と私は意気込んでいた。
だが年功序列社会は、頑張り損の社会だった。
非効率で不合理でも、やり方は従来通り。本質からかけ離れていても、表面化しなければ放置。業務はミニマムに、指示された以外のことはやらない。仕事の本質を考え提案する人より、面倒な業務を無くした人が賞賛される。
そういう世界だとはっきり認識するまでに時間がかかった。その間に、割り振り漏れの業務も庶務も、誰かのフォローも、私が黙って拾う流れができていた。
私は一番の下っ端だから仕方ない、と思うようにしていた。けれど起きるのがしんどい朝が増えていった。
どうして見て見ぬ振りをされているのかわからなかった。それとも気づかれていないだけなんだろうか。
同僚にしんどさを打ち明けてみた。唯一信頼していた先輩を通じ、上司にも相談してみた。けれど何も変わらなかった。私が倒れるとか、具体的な問題が起きてなかったからかもしれない。
メンタルヘルステストでやっと異常が出て、産業医、人事部、部長と面談した。力のある人に言えば何か変わるかもしれない、と私は期待した。
けれどまた、周囲の無関心を痛感しただけだった。
そして耐えて、頑張って、頑張った私に1年後手渡されたのは、サボっている3個上の先輩と同じB評価。
「まだ1年目だからね。来年も頑張って」
私は何を頑張っていたんだろう。
弊社にはただ居るだけでいい、先輩の言う通りだったじゃない。
そうして弊社は一転、憎たらしい相手に変わった。
働きたくなくなったし、辞めたくなった。報われないのに自分の心を削って、どうしてあんなに弊社に尽くしてしまったんだろう。
けれどどんなにやる気がなくなっても、私は弊社と契約した労働者で、生活費のために働かなきゃいけない。
嫌々出社し、最低限働いて帰る日々は、入社前の理想像からはかけ離れていた。
辞めたい。でも、どこの会社も同じかもしれない。転職で変わるポイントはどこなんだろう。わからない…。
頑張りに評価を期待するのも、周囲に気を遣って業務を請け負うのもアホらしくなった。私はとにかくしんどくなりすぎないようにした。
そしてそのうち、ふと気が付いた。
ああ、大人は、社会人はこうやって、自分で自分を守って生きていかなきゃいけないのだ。
両親や家族、先生とは違って、同僚も上司も、私をちゃんと見ても守ってもくれない。私自身が私の心身の声に耳を傾けて、私を守っていかなくてはいけない。だから皆、他人に無関心だったのだ。
私はまだまだ「子供」にすぎなかったのだ。
それから、徐々に世界が変わって見えてきた。
私が勝手に期待していた上司や同僚は、確かに相談しても動いてはくれない。けれど私の話を聞いてはもらえる。
聞いてもらえるだけでも少し楽になって、なんとか働き続けられるのだと知った。
ままならない想いを涙に変えて、不合理をすこしずつ飲み込むすべを知った。
なにより、仕事が人生の全てじゃない、違う世界に重心を置いて乗り切っていく生き方を知った。
今の私にとっての弊社は「そこそこ仲のいい友人」に落ち着いている。
そこそこ仲のいい友人とは、気が向いたら会えばいい。興が乗ったらちょっと踏み込んで、嫌ならスッと身を引く。疎遠になることもある。そういう相手だと思えば、大抵さらりと躱せた。
だから今の私は自衛優先だ。評価は水物だと思って気にしない。やりたければ手を挙げるが、気が向かなければ影を薄くする。頑張りのベクトルは、弊社以外に向けて楽しんでいる。
理想に燃える子供は、社会に揉まれて擦れて、自己保身を覚えた。今の私は、幼い頃に夢見ていた素敵な「社会人」とはズレがある。
でも、私はちゃんと今日を生きている。自分を守り、精一杯、社会人をやっている。
そういう私も正解だと、抱きしめたい。
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