あの夜、私は恋人と喧嘩した。
遠距離になってから、LINEも減って、会えるのは月に一度あるかないか。
久しぶりに通話できたのに、私はイライラしていて、つい声を荒げてしまった。

「なんで、もっと優しくしてくれないの?」

そう言った私に、彼は黙っていた。

本当は、優しくしてほしかったんじゃない。
八つ当たりして誰かに甘えたかった。
そのくらい、自分のキャパがすり減っていた。
翌朝、少し冷静になって、「昨日ごめんね、ちょっとイライラしてた」とLINEを送った。
彼からは、「俺もごめん」という短い返事。
それだけで、ふっと空気が軽くなった気がした。
「ごめん」が言えるって、ちゃんと向き合おうとしてるってことなんだと思う。
逃げなかったぶん、関係を育てる覚悟があったってことなんだと思う。

◎          ◎

そんなことがあった少し前、私には仲の良い男友達がいた。
愚痴を送れば反応してくれて、「無理しすぎんなよ」なんて言ってくれる、一緒に遊びに行ったり、二人で飲みに行ったこともあるような、気の合う奴だった。
安酒にやられてベロベロになった私を介抱してくれたこともある。
お腹が痛くて正露丸をくれたときは、「おばあちゃんかよ」って笑いあった。

正直、心地よかった。同性だったら、親友だったと思う。
でも、ある日、ふと気づいてしまった。
あれ、もしかして彼、私のことちょっと好きなんじゃ?
そう思った瞬間、急に全部がキモくなった。

「え、無理。そういう目で見てたの?」

とてつもなく自分勝手な話だと分かってる。
でも、こっちは恋人がいる前提だったし、“男として見てない”ことを察してくれている前提で仲良くしていたのに。
バランスが少しでも崩れたら、一気に距離を取りたくなるのが私だった。
とりあえず、何も言わず、数日間、声をかけなかった。

◎          ◎

するとある晩、彼から長文のLINEが届いた。

「最近ちょっと、距離を感じる。もし俺のこと、面倒に思ってるなら教えてほしい」

それを見た瞬間、携帯を伏せた。
読んだら終わりだと思った。
開いてしまったら、返事をしないといけなくなる。
そしてその返事は、たぶん相手を傷つける。

だから、未読のまま通知オフ。
そのままブロックした。
後日、共通の友達から「アイツちょっと凹んでたぞ」と聞いて、少しだけ胸がチクッとした。
本当は、「ごめん」って言えたらよかった。
「勝手に勘違いされた」って突っぱねたかった自分もいたけれど、私だって、それまでの彼とのやりとりにどこか甘えていたのかもしれない。

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恋人には謝れたのに、友達だった彼には謝れなかった。
ブロックしたまま、あのLINEは消えた。
でも、未読のまま放り出した私自身の感情は、いまだに残ってる。最低だ。

あの時の私は、ひたすら自分を守ることしかできなかった。
恋人に“ごめん”が言えたのは、少しだけ私が大人になれた証だったのかもしれない。
だけど、本当に大人になったと言えるのは、あの日逃げた彼に、ちゃんと「ごめん」って言える自分になれた時かもしれない。