本当に好きなら黙ってその気持ちを磨くべきだと信じているのは、わたしがリスロマンティックだからかもしれない。

恋多き半生だったが、その中でもいちばん長い――10年磨いてきたものを手放す気になったのは、成人式がきっかけだった。

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彼と出会ったのは5歳のときだ。幼稚園の同じクラスに転入してきた彼とは、近くに、ときには手を繋いで写っている写真が何枚も残っている。

背が低くまつげが長くて、態度が大きい自信家の少年だった。わたしの気持ちを知る友人はみんな、あいつは性格が悪いからやめておけと言ったが、聞く耳を持たなかった。今思えば「特別に思っている」だけで「特別な関係になりたい」わけではなかったのだろうから仕方ない。

中学生の頃の、紺色の制服に着られている姿で印象が固定されていたから、黒いスーツを着こなし、サングラスと赤い髪がひときわ目立っている20歳のその人が、わたしが恋いつづけてきた彼だと気付くのには少し時間がいった。

それからあっけにとられた。隣の輪で談笑する彼を、わたしはちらちら盗み見て、柄の悪い笑い方やかすれた声が変わっていないこと、当時付き合っていた生徒会の女の子とツーショットを撮っているのを確認した。

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彼を好きになったのは、小3のときわたしが苦手な大縄跳びを一度なんとか跳べたあと、「やればできんじゃん」と褒めてくれたからだった。まるで少女漫画のワンシーンのように感じてどきりとした感覚を鮮明に覚えている。

こんな些細なことで動揺する質だからこの後もいろいろな人のことを簡単に好きになるのだが、彼のことは特別だった。隣の席の子が給食の紙スプーンの包装で飛行機を作っているのにときめいたときも、男役を演じる別の中学の女の子にファンレターを書いたときも、高校生になって大好きな先生を追いかけていた日々も、ずっとほんのり彼のことが大事だった。

それと同時に倒したい、勝ちたいとも思っていた。

共通の友人がうっかりバラしてしまったから、彼はわたしに好かれていることを知っていた。

高校生になって自信をつけたわたしが言う、「このわたしに好かれているなんて、なんと心強い人生!」。その一方でわたしは「彼を倒さなきゃ、ひとりで生きていけない。彼の亡霊を振り払わなきゃ」とも思っていた。だから成人式の機会に、彼の心を奪おうと思った。

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昔自分のことを好きだった女に再会して脳を焼かれる経験をさせてやろうと思った。壊してやろうと思った。願わくばいっとう素敵なお化粧をして、ドレスアップしたわたしを目に焼き付けて、綺麗だと思いながら死んでほしかった。

結果はさっき言った通り、何もできなかった。サングラスなんかかけてちゃ、あんなに好きだった顔も思い出せないよ。

わたしの病的でロマンティックな10代を全部あげたかった人は、もう10代のままじゃないんだと知って、それでようやく捨てる覚悟ができた。

でも10年ずっと、一秒も欠かさず恋していたのに、それを失ったらどうしたらいい?はじめて本当の失恋をした。

成人式で失恋したというより、失恋が成人式だった。失恋を、そうしておとなになることを選んだ。魂とこの恋が、殺意がぐちゃぐちゃに癒着していて簡単には剥がせなかったけど、痛みをこらえて引きちぎる。心臓から血を流して、足を引きずりながら、それでもわたしはもうひとりで歩いていける。