日本食が恋しくなるなんて思わなかった。

美味しいものは好きだし食べることも好きだけど、特別食に興味やこだわりがあったわけではなかった。だから海外に引っ越すことになっても日本食が恋しくなるだろうなとは思ってもみなかった。どちらかといえば「日本食以外にも美味しいものはいくらでもあるし」くらいに思っていた。

実際に引っ越してみて引っ越し先の国の美味しいものを見つけるのも楽しかったし、日本食が食べたいと思うことはほとんどなかった。

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海外に引っ越しをして半年。コロナが世界を覆い尽くした。通っていた大学の講義は全てオンラインになったし、外出制限もかけられた。買い物以外は家に引きこもる日々。コロナのせいで大学にきちんと通えないのに、なんのために異国の地に住んでいるのだろうと心がしんどくなった。

とどめはほとんどの仲良かった友達が海外出身だったこと。海外からの学生のほとんどは渡航制限がかかる前に自国に帰ったこともあって無性に寂しくなった。日本人の知り合いも数人いたが、1人を残してみんな日本に帰ってしまった。

でも私は帰ってしまったら日本という慣れ親しんだ環境に甘えてしまいそうで、海外で1人、何もかもが中途半端な大学生活を送りながら、コロナと、そして孤独と向き合った。

そんな中、唯一残ったもう1人の日本人とは頻繁に連絡を取るようになった。顔見知り程度の関係だったけど、お互い寂しさを感じていたこともあって、彼女が私の家に遊びに来て、一緒に晩ごはんを作ることになった。

そんなに仲良くないのにいきなり家で2人きりで一緒に過ごすって人見知りの私にはハードルが高いなと思いながらも久しぶりに誰かと食べるご飯が楽しみだった。

メニューはその子のリクエストで和風ハンバーグ。せっかくだからと私は母から送ってもらったジャポニカ米を引っ張りだした。普段は安いロンググレインを買っていたからこそ久しぶりの日本のお米はちょっとしたワクワク感を与えてくれた。

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そしてその夜は私にとって今でも忘れられない夜となった。会話が続くかどうか不安だったけれど、顔見知り程度でも料理を作るというプロセスは会話をもたらしてくれた。普通に前から仲のいい友達だったかのように2人であーだこーだ言いながらハンバーグを捏ね、アジアンスーパーで手に入れた、醤油や酒やゆずポン酢なんかで味付けをした。

出来上がった和風ハンバーグとジャポニカ米は驚くほど日本の味がした。日本食に飢えているなんて思ってなかったし、日本食なんて食べなくても生きていけると思っていたけど、久しぶりの日本食は心をホッとさせた。私はやっぱり日本で生まれ育ったのだと感じた。

それはもう1人の子もそうだったみたいで、2人でずっとお互いの地元の話とか和食の話とかをダラダラし続けた。2人で食べた和風ハンバーグは、コロナ禍でずっと1人で食べていたご飯がいかに味気なかったのかを気づかせてくれた。

そして久しぶりの日本の味は海外に住んでいても自分の生まれ育った場所と繋がっていることを気づかせてくれた。確かに海外に住むことは孤独だったりするけど、ちょっとした日本食で、そして誰かと一緒に食べることでホッとするような温かい気持ちになれた。

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この日以来、たまに意識して和食を作ってみる日ができた。自分の生まれた場所の、日本の味は日本から遠く離れた場所にいようとも日本から切り離された場所で生きているわけではないと感じさせてくれるから。

今でも日本食が恋しくてたまらないと思うことは少ない。でもあの日の和風ハンバーグは日本からどんなに遠く離れたところで暮らしていても、どんなに世界がバラバラに感じても、日本と繋がっていることを実感できた大切な瞬間だ。