私の中の「書く人」へ歩み寄る。夢に挑戦することを選んでみた

高校生のとき、自分には価値がないと思ってしまって、それを学校や周りの環境のせいにすればするほど、自己肯定感が下がっていく時期があった。誰にも相談できなくて、1人思い悩んで、悲しくなってしまったときに救ってくれたのが、音楽や本だった。
たくさんの言葉に触れれば触れるほど、私の好きなものが増えていった。好きなものが増えれば増えるほど、高揚する自分に出会うことができた。自分を喜ばせてくれる音楽や本を肯定することで、自分自身を好きになることができた。
そのとき私は、表現することを仕事としている全ての人に尊敬と感謝の気持ちでいっぱいになった。いつか自分も自分の言葉で、誰かを救えたらいいなと思った。そんな仕事ができたらいいなと思った。でもそれは、空想の話だな、って諦めてた。
私がしてきたことと言えば、未来の自分に向けて、不定期に日記を書くくらいのことで、他人に向けた文章なんて書けるはずがない。ましてや、それでお金を貰うなんておこがましい。それが高校生のときの私が出した結論だった。
大学生で就職を考えたとき、自己分析をしていく中で、一瞬だけ自分がなりたかった夢を考えた。だけど、そのときも私のやりたいことは夢や空想の話と割り切ってしまって何もしなかった。仕事としてお金を貰うなら、企業に勤めて9時~17時で働く仕事がいい。業界的にハードで不安定な仕事よりも、安定している業界がいい。そうやって気が付いたら、憧れていた気持ちなんてどこかに置いていって、堅実な仕事を選んでいた。
だけど、ここで問題が起きた。特にやりたくなかった仕事は、私には向いてなかったみたいで、毎日ストレスばかりで憂鬱な日々が続いた。17時に終わると思っていた仕事は毎日19時まで続いた。それでも続けなければお金は得られない。
ぼーっとすると、辞めたいとか逃げたいとか、そんなネガティブな言葉だけが頭に浮かぶので、とにかくSNSを開いたり音楽を聴いたりして、頭の中をずっとうるさくしていた。大好きだった音楽が、感じるものではなくて、ただ思考をシャットダウンさせる道具になってしまったとき、ふと「これでいいのかな」と思った。
そのとき初めて、「転職」という言葉が頭の中に浮かんだ。浮かんでしまったその瞬間から、もう止まらなくて、勢いで転職サイトに登録して、それから2か月ほどで新しい会社の内定をもらって、ほどなくして辞めた。
そして、どうせ環境も変えたなら、と思い切って、自分がずっと憧れていた、自分の言葉で何かを伝えるということに挑戦することにした。高校生のときから続いていたのが日記だったので、その内容から言葉を選んで、エッセイに挑戦してみることにした。
どんなエッセイを投稿しようかと思い描いている日々は、意外と簡単ではなかった。理想とする自分のイメージに対して、語彙力の無さを痛感した。でも、やりたくもなくて向いてもいない事を続けていた人生より、やってみたいと思っていたことに挑戦する人生の方がワクワクした。
私は勇気を出して一歩踏み出したことで、自分の憧れていた仕事の難しさとワクワク感の両方を得ることができた。転職した今でも日中の仕事が嫌な時は沢山あるけれど、それでも私にはエッセイを書くという選択肢があることで、乗り切れる部分もある。
そしてこの1歩をきっかけに、やりたかったことが沢山でてきて、今は1つ1つTODOリストを埋めるという新たな楽しみもできた。一歩を踏み出すまで、とても時間がかかったからこそ、この一歩が出来たことで、他にも色々出来る気がしてくる。その気持ちを得られただけで、この一歩に大きな価値があると私は思う。
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