今日も私は完璧にんげん。一目惚れした半袖のジャケットに袖を通す

暑い夏、今日も私はパリッと決まってる。
半袖のジャケットに、白いブラウス、ちょっとだけフェミニンなスカート。スターバックスのカフェオレを片手に早めに出社。すれ違う人に「おはようございます!」と明るく挨拶。会社はフリーアドレススタイルで、その日の気分に合わせたオフィスチェアに腰を落とす。今日のスケジュールとニュースサイトをチェックし、業務スタート。
インシデントを次々さばき、打合せではリズミカルな相槌をうつ。的確に意見を言うものだから、次の出世頭として一目置かれている。
でも、私はそんなに出世には興味ないふりをして、虎視眈々と次のステップを狙ってる。
飲み会には必ず出席。上司の隣をキープしつつ、周りへの愛想も忘れない。「結婚しないの?」と言われることもある。「えー、どうでしょう?」と適当にごまかし、相手に悪い印象を与えないよう、ことば選びを欠かさない。
家に帰るとパートナーが「おかえりなさーい」と笑顔で受け入れてくれる。二人の間には体の関係はないけれど、私とパートナーは信頼という熱い絆で結ばれている。
リビングでお酒を飲みつつ、ささやかな出来事や仕事の愚痴を言い合って、二人それぞれ別々の部屋で眠りにつく。「おやすみなさい」を一言添えて。
これが、私の夢である。もう一度言おう。夢である。
実際の私は某有名量販店のワンピースに身をつつみ、髪はパーマに任せてボッサボサ。垂れる汗を適当に腕でぬぐいながら、床にべたんと座り、スマホでポチポチとこの夢をタイプしているわけである。蝉の鳴き声が響く中、一人孤独に、叶うことのない夢を白昼堂々と綴っている。
あー、昨日デパートで見かけた半袖のジャケットがほしい。
あれを着たら私でもパリッと決まるかもしれない。一緒にいた友人に「これほしいなぁ」と言ったら、「まず復職したら?」と言われてしまった。汗が額から流れ落ちる。半袖のジャケットが頭の中から離れない。大きめのチェック柄のグレー。夏らしい薄い生地が涼やかで、赤と黄色の線が交差して、私の目を惹きつけた。
半袖のジャケットが着られるのは夏限り。夏が過ぎたら半袖のジャケットなんて用なしだ。それでも年がら年中"用なしにんげん"の私に比べれば、半袖ジャケットの方が価値がある。半袖のジャケットを着て、軽やかに復職してみたい。
半袖のジャケットに、白いブラウス、ちょっとだけフェミニンなスカート。肩にはA4は余裕で入るこれまた涼しげな水色のトートバッグ。夏らしく髪はばっさり切ってしまおう。今までのことを全て水に流すことはできないけれど、清々しく、華麗に登場してやろう。
かがみよかがみ、私を理想の私にしておくれ。それが無理なら、私に半袖のジャケットを買う勇気を与えておくれ。私にはそれがどうしても必要な気がしてきてたまらない。この暑い夏の中、軽やかなる復職のために、私には君が必要だ。
スマホには一目惚れした半袖のジャケットが映ってる。震える指先、そっとタップし、それを購入。数日後には、私の手元に半袖のジャケットが届く。美容院の予約も入れて、武装準備は完了に近い。後は笑顔の練習だけだ。鏡に向かって「にー」と笑顔を作り、あまりのぎこちなさに目をそらす。まだまだ理想にはほど遠く、半袖のジャケットの到着が恐ろしい。けれど、少しわくわくもしている自分に気づく。一目惚れした半袖のジャケットに、背中を任せることを。
今年はもう大丈夫。鏡には、半袖のジャケットの自称・完璧にんげんが映る未来しかない。
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