私はどちらかというと辛い食べものが苦手だ。うま味より先に刺激の方が強く感じるし、食べた後に舌がしびれる感覚が残るのも好きではない。辛い食べものが好きな人がいることも知っているし、何辛といった挑戦みたいなものがあることも知っている。

そういうイベント事が好きな人を否定するつもりもないし、食べたいものなら好きに食べればいいと思っていた。そんな私だけど、最近、友たちとご飯に行って気づいたことがある。それは、私から誘ったご飯ではたいてい辛い食べ物を頼んでいるということだ。

私も友だちに言われるまで気が付かなかったけれど、指摘されたから思い返してみると、確かに苦手と言いながらも数品、頼んでいた。

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私の場合、辛い食べ物を食べたくなるのは、たいていストレスが溜まっているときなのだと思う。失敗したことや上手くいかないかもしれないことへの不安、そういうものが自分のなかで消化できないとき、私は友だちを食事に誘うし、辛い食べ物が食べたくなるのだろう。といっても誘うのは普通のカフェや居酒屋さんだし、辛い食べ物といっても、カレーだったりスパイスの聞いた料理だったり、辛い食べ物が好きと豪語する人たちから見れば、全然辛いの部類入らない食べ物かもしれない。

でも、もともと辛い食べ物が好きではない私にとっては、十分に辛い食べ物に分類されるし、普通のときには頼まない食べ物だと思う。確かに、ちょっとだけではあるが辛い食べ物を食べて、冷たいお酒を飲むのはすっきりする感じがあると思う。

お仕事や日常生活でのストレスは、一回の食事ではどうすることもできないけれど、少しの時間でも、忘れられたり、楽しい時間を過ごせることは、ストレスとうまく付き合っていくために必要な逃げ道だろう。それで乗り越えられるなら、辛い食べ物を食べることだって大切なリフレッシュの方法だ。

でも、私は苦手なはずの辛い食べ物を選んでるのは、そういうリフレッシュではなくて、失敗した自分を許せない気持ちからの、ちょっとした罰ゲームのように思う。失敗したことを自覚してネガティブになる自分から、目をそらしたいためにあえて刺激の強い、辛い食べ物を選んで目を背けたいそんな感じだ。私が、よくご飯を一緒に食べに行く友だちに、辛い食べ物を好きだよねと指摘された時に感じたのは、そんなことだった。

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辛い食べ物が好きな人がいる。辛い食べ物が苦手な人だっている。そして、それらの好みは身の回りの環境の変化や、ちょっとした状況によって少しずつ変化していくものだ。変化するのは悪いことではないし、その時その時に食べたいものを食べればいいと思う。

でも、私が辛い食べ物を選ぶ時みたいにその好みにネガティブな考えが含まれる時、反省の確認として無理に辛い思いをして目をそらすための選択は、本当に辛い食べ物が好きというわけはないと思う。

そんな時には、辛い食べ物を選ぶのではなく、辛い自分に気づいて甘やかす方法を見つけてあげたい。