人生一度きり、いつ死ぬかわからないんだから、欲しいと思ったその時に絶対買う。そう決めて、28歳まで私は欲しいと思った服は絶対に即決で買ってきた。

例え、泣く泣く宝物の本を激安で売らなければならなくなったとしても、給料日までの1週間を31円で凌がなければならなくなったとしても。新品の服に袖を通し、鏡の前で一人ファッションショーを開催する時の高揚感が全ての惨めさを忘れさせてくれた。そのひとときだけ、私の生活はきらきらと輝いているように感じられた。

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そんな刹那主義的な思考のおかげで、貯金は一切なく、かわりに借金だけ大事に抱えて26歳になった頃、結婚が決まった。十代の頃から付き合っていた彼氏に、生活苦から同棲を迫ったところ「じゃあ結婚しよう」と、あっさり言われた。

埃っぽい彼の社員寮で、缶チューハイを飲みながらお笑い番組を見てがはがは笑っていた時だった。指輪もキャンドルも高級なディナーも夜景もなし。一瞬迷い「そうだね」と返事をすると、何かを察した彼はテーブルの上のラップを丸めて指輪を作った。

「結婚してください」
「わかった、お願いします」

心の中は、乱気流だった。幼い頃から結婚に憧れていた。王子様とお姫様は決まって結婚してハッピーエンドだ。王子様とお姫様とは到底言えないけれど、彼とはいつか結婚したいと思っていたので、彼もそう思ってくれていたことが嬉しかった。

その反面、今??という焦りがあった。私には彼に打ち明けていない借金があり、貯金はなくて、脱毛はしていなくて、問題が山積みだった。彼にもあまり貯金はなさそうだし、お互い相手の前でオナラもしたことないし、これから先一生一緒に暮らしていけるのだろうか。

幸せに浸ったり、不安に駆られたりを繰り返しながらも、確実に日々は過ぎ、私たちはご挨拶や両家の顔合わせを終え無事入籍した。お金のない私たちは、彼のご両親からいただいたご祝儀を新生活のための家電に溶かし、結婚式は出来なかった。

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結婚してなお、毎月給料日が来るたび私は素敵な服を買った。当然、借金は据え置き。彼と生活費を折半していたので、手元に残るお金はわずかに増えた。その全てを服に注ぎ込んでいた。お互い二人の生活に慣れてきた頃、借金がばれた。

家に帰るとダイニングテーブルに督促状がバンと置かれ、仏頂面の彼が座っていた。終わった、と思いながら彼の向かいに座った。そこから一時間は彼の口から繰り出される正論の数々にひたすら殴られた。

「内緒にしてて、ごめんなさい。怒って当然だと思います。ちゃんと返します」と言うと彼は「いい、俺が払うから、もう絶対借金はしないで。あとクレジットカードと後払いも禁止。こんなに怒るのは、俺も痛い目見たことがあるからだよ」と言って、本当に全額払ってくれた。

情けなさと安堵で泣いた。自分のことを心底みっともない人間だと思った。それからしばらく服は買わずに彼に返済をした。しかし返済が終わると反省は薄れ、借金をするほどではないにしろ、服を買い出した。

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ほどなくして28歳になり私は妊娠、出産した。退院する際に、産院で写真館の割引券を貰った。私たちは結婚式をせず、結婚写真も撮っていなかった。せっかく割引券があるのだから、子どもの生後100日に合わせて、結婚写真を撮ろうという話になった。予約の電話を入れると「衣装はどうされますか?自前の普段着でもいいですが、ドレスもレンタル出来ますよ」と聞かれ、私は「ドレスで」と答えていた。

事前に衣装を選び、撮影当日、初めての育児、寝られない日々でボロボロの私と、私の機嫌に気を遣いつつ家事をこなす日々でボロボロの彼、生まれたてピカピカの子どもの三人で写真館へ行った。私たちは白いドレスと、白いタキシードと、蝶ネクタイ付きのかわいいシャツに身を包み、ぎこちないながらに笑顔の写真を撮った。写真を確認させてもらうと、そこには王子様とお姫様とその子どもとは到底言えないけれど、ちゃんと、幸せそうな私たちがいた。

私はそこではじめて、私を本当に輝かせてくれるのは素敵な服ではなくて、私を大切にしてくれる人や、私がそれに報いろうと頑張った時間なのだと気づいた。

その日を境に、私は少しずついらなくなった服を売ったり捨てたりして、刹那的な欲求で新たに服を買うのもやめた。かわりに、子どもの将来のための積立や節約をはじめた。自分の本当にしたい仕事を考え、勉強をはじめた。

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たった一着のレンタルドレスが、私に大切なことを教えてくれた。今でも、可愛い服を見ると胸がときめくけれど、それよりも私を輝かせてくれるものを私は知っている。どんなにきらきらした魔法もいつかは解ける。でも、魔法が解けてから、本当に大事なことのために不恰好に頑張る方がうんと幸せなんだと、かつての私と同じように苦しんでいる人へ伝えたい。