「寒い寒い……熱帯夜の予報なのになんで!」

夏休み直前、憩いの公園で、女子大生だった私は叫んだ。

時刻は草木も眠る丑三つ時。仲良し女子5人組で震え合った。そもそも誰が最初に提案した、真夏の無装備野宿だったか。

◎          ◎

大学終わりにファミレスでご飯を食べていたら、他愛もない恋愛話から突然、この人生をいかに生きるか的な人生哲学へと、話が飛躍した。何やら意識高い系の無双女子大生になった気分の私たちは、誰からともなくこう言った(はず)。

「多摩の夜空は東京とは思えないくらい綺麗だ☆」
「たしかにー。駅前の池と噴水付き・憩いの公園なら、治安もめちゃくちゃ良いしねー」
「駅前のコンビニも、ファミレスも24時間営業だしねっ」
「今日は熱帯夜で暑いしぃー、家帰っても寝れないしぃー」
「みんなで一晩中、星の動きを観察しながら、語り合おうじゃないか!」

いぇーい。祝・人生で初めての、思いつき行き当たりばったり野宿がここに開催。

一晩持つだけのお菓子と食材、飲み物を購入し、池のほとりのギリシア風建築な東屋へ。私達はその場所を、誰ともなくヴェルサイユのプチ・トリアノンを捩って、プチ・タマリアンと呼んでいた。

タマリアンに荷物を置いて、真隣の広大な芝生に寝転んでみる。見上げた夜空は、周りに建物が無い為、天体の半球を自分の視界に納めたほど大きく感じた。大の字になると、地球の上半分を手に入れられた感じ。

「徒歩5分くらいの所に縄文遺跡があるじゃん☆」
「縄文時代の人も、同じ星空を見ていたのかなー」

そうそう。求めているのは、このノリの会話だ。私も提案した。

「よし、この夜空の星を繋げて、タマリアンの神話を作ろう!」

誰かがすぐ提案した。

「あの星とあの星を繋げるとぉー、小舟を漕いでる蟹のおじさんに見えなぁーい?」
「えっ、どの星☆」
「あれだよぉー」
「どれだよー、蟹のおじさーん、おじさん!?」
「あの星のそばのぉー」
「だからそれはどれっ」
「蟹のおじさんの生い立ちが気になるな!」

古代の人は、そもそもどうやって溢れるほどの星空の中から、ピンポイントで一つの星を指差し、他人に説明してたのだろう。立ち位置によっては、口頭で説明し、指差しても、自分と他人が認識している星が、同じものかどうか確認しようが無いだろう。

「図説にして説明してたのかなぁー?」
「この星とこの星を繋ぐとカニ座に見えますねって見えないよねっ?」
「オリオン座とかぶっちゃけ人型ではない☆」
「星と星を点で繋げる際に、ハブられた無数の星達が不憫だと思う!」
「蟹のおじさんの神話が気になる所だけどー。ごめーん、なんか眠ーい」

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眠いと言い出した人が寒そうにしている。私も肌寒さを感じ始めた。おかしい。携帯で調べると気温は34度・無風・熱帯夜の表示。冷房代を気にする学生の子なら通常、布団の上で眉間に皺を寄せながら、寝返りを打っている頃だろう。

時間が経つほど、体の芯まで冷えてきた。唇が震え始めた人もいる。

「床、大事っ。お布団、大事っ」
「いや、板張りでも寝れるから、結局のところ壁が大事☆」
「違うよー。やっぱ天井だよー。今夜は天井の偉大さを知ったよー」
「考察はもういいから、デニーズ入ろデニーズ!」
「デニーズはセレブしか入っちゃいけないんだよぉぉおおー」

お財布が傷もうと、丑三つ時に明るく営業しているのはデニーズだけだった。暖かい食事を貪って、5人の女子大生が導き出した、夏の人生哲学がこちら。

「真夏といえども、野宿は寒いっ」
「体験して見て分かったよねぇー。古代人の竪穴式住居もぉー、現代人のオール電化住宅もぉー、住環境にかける熱意は本能によるものなんだぁー」
「やっぱり夏の夜空よりは冬の夜空の方が、神話のインスピレーションが得られるかも☆(←最後まで元気だった人)ねえ今度は冬に是非……」
「やめてよっ。夏だから凍死しなかっただけだよっ」
「夏休みの始まりが今日で良かった。あとは寝るだけだな!」

結論。夏とは無謀なチャレンジの代名詞。