「ママ、がんばったね」。守る存在が変わっても汗をかく理由は同じ

朝から蝉の声が耳に刺さるほどの暑さだった。
2歳の息子と生後4か月の次男を抱えて、家を出た瞬間に汗が背中をつたう。授乳、おむつ替え、上の子の「ママ、抱っこ!」。自分の体温と子どもたちの体温が重なり合い、服はいつの間にか肌に張り付いていた。
看護師として働いていた頃も、毎日汗をかいていた。
小児科病棟で走り回る子どもを追いかけたり、急変の対応に駆けつけたり。必死に命と向き合っていたあの時間も、確かに汗だくだった。
だけど今、母として流すこの汗は、あの頃とは違う種類の熱さで身体を包む。守るべき存在が目の前にあるからだ。
今日は朝から健診。二人を連れてバスに乗るだけでも、小さな遠征のように思える。
ベビーカー、保冷剤入りの水筒、おやつ、替えの服。すべてを詰め込んだリュックは、救急カートのように重い。
バスに乗り込むとき、ベビーカーを押す私に向けられる視線が少し気になるけれど、
「大丈夫、大丈夫」
と心の中で唱えながら、額の汗をタオルで拭った。
健診の待合室は、冷房が効いているはずなのに人の熱気でむわっとしていた。
あちこちから赤ちゃんの泣き声、子どもの名前を呼ぶ看護師さんの声。
「まだですか?」と受付に尋ねるお父さんや、ため息をつくお母さん。
その光景に、私は看護師として働いていた頃の外来を思い出した。
あの頃の私は、順番を早く回すこと、効率よく動くことばかり考えていた。
泣き続ける子どもと必死にあやす親の姿を目の前にしても、「落ち着いてもらえたらいいのに」とどこか他人事だった気がする。
でも今、母としてこの椅子に座ると、その気持ちが胸に迫るほど分かる。
時計の針が止まったかのように、待つ時間が長い。
泣かせないように、グズらないように。
「早く順番が来ますように」と祈る自分がいる。
――あの頃の私、ちゃんと寄り添えていたのかな。
そんな反省とともに、母になった今の自分の変化をしみじみ感じた。
診察を終え、外に出た瞬間、むわっとした熱気が襲う。
抱っこ紐の中の次男はすやすや眠っている。
長男は「ママ、がんばったね」と小さな声で言った。
その言葉に胸がじんと熱くなる。
まだ幼い彼が、そんな言葉を知っているなんて。
汗なのか涙なのか分からないものが、頬をつたった。
帰りのバスの中、窓から差し込む光に目を細めながら考える。
看護師として必死に働いていたあの頃も、母として必死に育てている今も、
汗をかく理由は違うけれど、守りたい存在のために流していることは同じだ。
夜、子どもたちが寝静まったあと、洗濯機から取り出した大量のタオルを干した。
ベランダに出ると、夜風がひんやりと頬を撫でる。
昼間の汗が、やっと乾いていく気がした。
今日もたくさん汗をかいた。
明日もきっと汗だくになる。
でも、その一粒一粒が、私の人生の輝きになる。
「私って、いま、すごく幸せかもしれない」
そう心の中で呟くと、胸の奥に静かなぬくもりが広がった。
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