私は学生時代に第二外国語でスペイン語を履修していたため、いつしかスペイン語圏で学びたい、日本以外にも住める場所を作りたいと願うようになり、4年生の時メキシコシティに1年間交換留学をしました。

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メキシコシティは富士山の5合目と同じ標高のため、空気が薄くて最初のうちは早歩きをしただけで息が上がり疲れてすぐ眠くなるわ、大学の授業は全部公用語のスペイン語で行われ、先生が何を言っているのか全然わからないわ、読書課題は全然読み終わらないわ、乗合バスは拾えるようになるけれどバスのルートを知らないとどこを通るかわからないので行きたい場所にたどり着けないわ、家から遠い移民局まで指定の日に手続きをしに行ったのに長時間並んだ末まだ完了していないから来週また来いと3分で追い返されるわ、そもそも日本で使った辞書や教科書はスペイン式のスペイン語で、メキシコ及びラテンアメリカで遭遇した単語を調べても載っていなくて意味がわからないわで、はじめの半年は本当に心身共に疲れに疲れました。移民局に指定された日に行ったのになんで終わってないんだ!といった日々起こる不条理で非効率的なことにイライラしていました。

半年ほどかけて少しずつ友達ができ、日々の生活や言葉に慣れていきました。
相変わらず待ち合わせをすれば友達は30分以上遅れてくるし(しかしこれはメキシコ人がだらしないわけではなく公共交通機関が謎に止まるなど様々な社会的な理由があるのです。多分だらしない人もいるけど)、理由はわからないけど雨が降るとかなり高い確率で地下鉄が止まるので、困っちゃうわよねえと周囲のおじさんたちと苦笑しながら動くまで待つしかありません。

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日本で会社帰りに人身事故で足止めをくらったらバカヤロー!と叫びたくなるぐらい腹が立つことも、友達が遅れて来るのがわかっているなら待ち合わせ場所はカフェか本屋の前にしてゆっくりコーヒーを飲んだり、読書して来るまで待っていればいいし、雨が降って地下鉄が止まったらどうせ地上に出てタクシーを拾おうと思っても道路も混んでいます。なので地下鉄が動き出すまで30分くらい待っているか、もう地上に出て多少濡れても歩いて帰ればいいや、と思えるようになったのです。

約束や授業に遅刻しても死ぬわけじゃないし、ちょっと遅れたって全然痛くも痒くもないもーん、と徐々に寛容さが鍛えられていきました。日本人は真面目だから「こうであらねばならない!」という誰が決めたかわからないようなルールを自分にも他人にも適用し結果別に誰もハッピーではないし、遅れるとはなんたる無礼!とちょっとしたことで怒りまくっているな、大した事ないのにと日本を離れてみて自分たちのおかしさ、不必要な厳しさを認識できたのです。

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家族の元を離れ単身でメキシコに滞在していたため、友人宅の大家族とさよならして一人のアパートに帰宅したときやラブラブカップルを見た時に多少の心細さを感じたり、時には日本語でおしゃべりしたくなったり、現地人はスムーズに施設に入れたのに私だけ外国人の窓口に並びパスポートを見せろだの面倒臭いやりとりがあったりして、「ああ、ここでは自分は外国人なのだ」、と意識する機会が幾度もありました。心細くても自分で家族を築くかじっと我慢して耐えるしかないのです。孤独な経験も何回かやっているうちに少しずつ慣れてくるのでこれも練習だと思うようにしたらそんなに気にならなくなりました。メキシコ人も私も同じ人間であり、メキシコ人にも麻薬密輸のマフィアたちがいる一方、初対面の私を家に泊めてくれ美味しいご飯を食べさせてくれる慈悲深い人たちもいる。日本人にもオレオレ詐欺で高齢者を騙す悪い奴らもいれば、ボランティアで子ども食堂を運営する良い人もいる。どこの国の人もその国でくくるべきではないと痛感しました。ニュースの情報が全てではないのです。

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日本にいて日本語が拙い外国人に高圧的に話している人を見たり、「日本人ファースト」と言っている人を見ると、「ああ、この人はマイノリティになった経験がないのだな」と思ってしまいます。一人外国で孤独に耐え、がんばる経験があれば、同じ思いをしている人にそんな言い方はしないのではないか。経験不足もしくは想像力の欠如です。寛容性と広い視野を持つきっかけをくれたのは留学だったと思います。