昇格も評価も置いてようやく見つけられた、自分を大切にする夢

「来季の目標は、予算200%達成と昇格です」
夢を語った半年後、私はもうその土俵にいなかった。
大学を卒業して入った1社目の会社は、ベンチャー気質の大手企業。
採用の入り口は広いが、ふるいの網目が荒い。
500人ほどいたはずの新卒の同期は、1年後、その半数以上が姿を消していた。
そんな中、私はいろんなことを乗り越えながら、1年、2年、3年目、と日々を積み上げていった。
人がすぐ辞めてしまう会社の3年目というのはもう中堅だ。
そろそろ役職を上げるためのテストを受けるように、と、上司が私を誘う。
プライペートで特段の趣味のない私は、役職を上げても良いが、そうするとただでさえ少ない休日に仕事をしなくてはいけなくなるし、クレームを全て引き受けなければなくなる。
不眠で心療内科に通院を続けている私にとって、その責務はいささか重すぎる気がしていたのだ。
しかし私は仕事を愛していた。
やればやるだけ成績が上がり、周囲から認められ、好かれ、求められるようになることは、生きがいのない私の唯一の夢となってくれた。
だからこそ3年目となる今年、その貴任こそ、私が取ろう、と覚悟を決めた。
半期に一度の上司との面談では来季の目標を提示する。
1年目は、同囲に馴染むこととか、予算把握だったものが、2年目には、チーム内での上手い立ち回り、予算達成になり、3年目には、予算200%達成、加えて「昇格」が目標となった。
私のポジションは既にチームの二番手となっており、お客様への安定した対応と安定した売り上げ数値はもちろん、一緒に働くならば仲が良いに越したことはないだろうと、チームの仲を取り持てるスキルは嬉しいことに社内でも高い評価を得ていたためどのメンバーも、上司も期待の眼差しを私に向ける。
「あなたのこれからが楽しみだ、あなたならなんでもできる」
私の未来は明るい、揚げた目標を早期に達成し、晴れやかな表情で来期の社内賞をもらう私を夢見て、日々仕事に努める。
その「夢」に亀裂が入り始めたのはいつだったのか。
いや、最初からヒビだらけだったのかもしれない。
私だけが強がって気付かないふりをしていたのかもしれないと、今になっては、思う。
「すみません、来週の発表、延期にしてほしいです」
「いいけど、どうしたの?」
気まずさに目を伏せる私の顔を覗き込んでくれた先輩の目が見れず、俯き続けた。
社内の発表や試験を一度もスキップしない「私」は、その瞬間にいなくなってしまった。
それが、私が最初に聞いた「夢」の崩壊の音。
「準備が追いつきませんでした」
あの目標発表からわずか4ヶ月の間に、繁忙期を経て、気づくと年が明けていた。
発表をこなせばこなすほど、どんどん評価が上がっていくシステムであったが、業務時間内に発表準備の時間はない、入社してからというもの私はいつも、ただでさえ少ない休日にその準備をあてていた。
その年明けの発表も、毎年と変わらず、お正月の三が日を準備日として設けるつもりであったが、それが上手くいかなかった。
「疲れてるよね」
恋人は休みの日もに仕事をし、日々終電間近の電車で帰宅する私の顔色が日に日に悪くなることについに苦言を呈し始めた。
三が日は一日だけ実家に帰って、それ以外は発表の準備をしようと予定していたが、久しぶりの連休で気持ちが緩み、2日目は見事に眠りこけてしまった。
反省し、取り戻そうと思って資科を開いた3日目に、私を見る恋人の表情が暗くなっていることにハッとし、
そこで私は私が抱いてる「夢」が腐っていることに気がついたのだ。
「仕事辞めます」
目が覚めてからの行動は早かった。
冴えた視界に映る職場の人々は、みんな苦しそうだった。
人がいないから、考え直して欲しい、と私に頼む先輩に、退職面談をスケジューリングしようとしない上司。
3年間背中合わせで戦った同期と後輩だけが、寂しさと安堵の表情を浮かべていた。
「今までありがとう!」
私は無事に退職日を迎えた。
退職を知らせた時の反応は人それぞれであった、ある人は泣き、ある人は寂しがり、ある人は背中を押してくれた。
「よかった、実はずっと体調が悪そうだと思っていて心配だったんです。今は元気そうで、よかった」
可愛がっていた後輩が恥ずかしそうにそう言った時
「転職おめでとう!」
恋人が晴れやかな表情で祝杯を交わしてくれた時
私の中に新しい夢が芽生えたのだ。
それから数ヶ月経った今、土曜日の昼に私は両親と食事をしていた。
仕事の連絡もなく、準備も必要ない、ただ久しぶりに会う親との世間話に花を咲かせていた。このあとは服でも見ようか、そう言われて私は頷く。
もちろん今だって、新しい仕事は大変だけど楽しいし、目標もできた。
でも私の新しい夢は、大切にすること。
私を大切にしてくれる人と、私自身を。
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