休職=可哀想?飲み会で友人が放った一言で気づいた、現職への想い

酒瓶を勢いよく開ける音と楽しげな笑い声。
その中で不意に投げかけられた友人の言葉に、私はモヤモヤを抑えきれなかった。
私はとあるベンチャー企業の新入社員。選考で仕事内容と社員の雰囲気に魅了されたことで入社を決めた。
実際、仕事も社風も性に合っていて楽しかった。周囲に自分の仕事ぶりを褒められたり感謝されたりすると、もっと頑張ろうと思えた。
だがその後、上司からのパワハラにより心身の調子を崩し、休職することになった。
そんな経緯があったため、最初は友人から飲み会に誘われても行こうか迷った。
それでも周りに話を聞いてもらった方が楽になるのではないかと思い、出席することにした。
ところが、そんな私に待ち受けていたのは、他人の不幸を見て楽しんでいるかのような目つきと言葉の数々だった。
たとえばこんな具合である。
「ベンチャーなんかに入ったからそんな目に遭ったんでしょ?やっぱり大手しか勝たんわ~」
「大企業とか公務員なら社会人楽勝じゃない?ボーナスも出るし!」
挙句の果てに、外資系コンサルに就職した友人と勝手に比べられ、「あなたは今実質無職だから、飲み代は少しでいいよ~」と言われる始末だった。
正直、飲み会なんて行かなければ良かったと思った。
彼らなりの気遣いだったのかもしれないが、それでもここまで「社会も他人の人生も舐めてんのか?」と言いたくなるほどの言葉を吐かれるとは思わなかった。
だが、それ以上に心に残ったのは、怒りや屈辱感というよりも現職への想いだった。
といっても、それは上司に対するものではない。
仕事内容、お洒落なオフィス、仲の良い同期、クライアントや先輩社員の笑顔など、私を休職に追いやったもの以外全てである。
そしてあのベンチャー特有の、常に現場の最前線に立っているような生き生きとした感覚さえも。
たしかに、ベンチャーには大企業と比べて環境が整っていないなどの課題点はあるだろう。実際、私の周りでも新卒でベンチャーに就職する人は少なかった。
それでも「ベンチャーだからパワハラに遭った」「大手ならハラスメントは存在しない」などと単純に言い切れるのだろうか。たとえ今は本当に「社会人楽勝」だったとしても、この先同じような場面に出くわす可能性なんて誰にでもあるのではないか。
それから私の場合、パワハラの原因は上司個人の性格や権力構造によるものであり、会社の規模感や形態だけでは説明できない部分があった。
それに「大企業に入れば人生勝ち組」「休職者は不幸」だなんて誰が勝手に決められるのだろう。
そもそも友人たちが新人研修を受けている間、私は10件以上の案件に携わりクライアント対応まで経験したのである。これはベンチャーでないとなかなかできないことなのではないか。
私のことを負け犬の遠吠えと言う人もいるかもしれない。
それでも私は、新卒でベンチャーに入ったことを悔やんだり、会社そのものを恨んだりすることなどできないのである。
だから私は、周囲に「休職なんて可哀想」などと安易にレッテルを貼られると違和感を覚える。たしかにパワハラに遭ったことは不運だったかもしれないが、休職した自分を別に不幸者だとは思っていない。というか、そもそも人間の幸福の尺度を他人が勝手に決めることなど許されないと思う。
そして何よりも、休職に追い込まれてもなお現職に誇りと未練を持っているのは、それだけ仕事に、自身のキャリアに本気で向き合ってきた証拠なのではないか。
そして今もなお、「仕事が楽しかった頃のように再び働きたい」と願っている自分がいる。
その想いこそが、次に進むための大切な道標になるのではないかーーそう信じている。
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