爪には何もつけない。流行りのジェルネイルや、薄っすらとしたマネキュアも。
人差し指、中指、薬指はお父さんの爪に似た平たいティーカップみたいな形なのに、親指と小指だけは母親に似た、先のとんがったおしゃれな爪の形をしている。おじいちゃんは、人差し指の爪先の少し広がっている感じが「おじいちゃんに」似てるって言ってたっけ。
ありがたいことに十揃っている私の指の爪には、私がお父さんとお母さんの子である証明がぎゅっとつまっている(もちろんおじいちゃんの孫である証明も。)
指人形で爪を見せ合いながら、結婚の挨拶の練習をした
最近寒くなってきて、彼の手をぎゅっと握ったときに、絡めあった彼の指をまじまじと見た。十本とも、同じ系統の、先に向かって細くなっていくような爪の形をしていた。なんなら、ちゃんと爪を切っていて先端の白い部分でさえ見えるかどうかギリギリなのに、チューリップの葉っぱみたいにシュンとしていた。
「ねえ、たっくんの爪ってお母さん似なの?お父さん似なの?」
両手で彼の手を持ってまじまじと見つめた。彼の親指の隣に私の親指を並べてみる。
「何それ、手が親に似るとかあるの?」
さっき並べた親指は私の自慢のおしゃれな爪の形よりも、もっとスッキリした若干の五角形をして隣にある。
「あるよ、手っていうより、爪の形なんだけどね。」
と自分の爪の形は両親のがうまい具合に交じっているのだということを話した。
「ドウモ、コンニチワ、タキザワヨウスケデス。」
彼が人差し指をひょこっと曲げて、指人形のように私の人差し指に向かって喋りかけてきた。
「ミーコサントケッコンヲカンガエテイマス。」
「その指がお父さんに似てるんだったら、俺、爪で結婚の挨拶の練習するわ。」
そう言ってしばらく公園で指人形しながら、このお正月に私の家に行った時にするであろう挨拶の練習をした。金色の銀杏の絨毯と突き抜ける空の色の間で、いい大人二人が真剣に爪を見せ合いながら一芝居打っている姿は滑稽だったと思う。
一代飛ばして遺伝した彼のきれいな形の爪を見つめた
一足先にクリスマスを彼の実家の家族と一緒に祝った。彼のお母さんと妹さん。二人の爪にじっと視線を送ってみるけど、二人とも平べったくて全体的に丸い形の爪だった。私の熱心な視線に気づいて彼が
「俺の手って親父と母さんのどっちに似てるんだろ。」
と手をこたつ机の真ん中に差し出しながら言った。
「…ばあさん。」
「え?」
「だから、ばあさんだって。あんたの父ちゃんの母親。」
なんだか呆気にとられてしまった。彼の爪は身近な両親のからの遺伝ではなく、一代飛ばした、しかも女性からの遺伝だっただなんて。
「最後の最後、介護の時、体を拭いたからよく覚えてるよ。まるっきりそういう爪の形だった。きれいな形の爪で何度もつねられたんだから忘れない。」
あんなに気になっていたのに、何も言えないままこたつ机の上に差し出された彼の爪をじっと見つめた。頭上の電気の光が鈍く机に吸い込まれて、彼の手だけがぼうっとそこにあった。
私には見えない幾百年、幾千年もの歴史を一片の爪にのせて
爪には何もつけない。割れたり、白くなったり、心のストレスバロメーターになっているかと思えば、扁平的な形だったり、縦長だったり、両親をもはるかに超える自分の先祖と繋がっている小さな証拠を感じたいからだ。
爪は宇宙だ。今と過去とが混在する。もし私に子どもができたら、それはどんな爪の形をしているのだろう。未来の爪に思いをはせる時、電車で、バスで偶然となりになった人の爪に目をやる。そこにもまた深い宇宙が広がっていると思うと敬虔な気持ちになる。私には見えない幾百年、幾千年もの歴史がその一片の爪にはのっているのである。