「私は嘘つきをやめる」
別に悪いことをしてきたわけじゃない。けれど、そうせざるを得なかったのだ。
そしてそうした方がずっと都合が良かったのだ。

仕事の私。しれっと誤魔化しおもてなし 自分や彼氏のためにも

22歳、一人暮らし。昼は飲食店でアルバイトをしています。
休みの日には資格取得の為の勉強か、友人とご飯やお買い物に行きます。
彼氏は半年前に別れてからいません。好きな食べ物はお寿司とお肉。お酒も多くは飲めないけど大好きです。海外留学の為、目標を持って毎日頑張って働いてます!

と、ここまでが仕事上でのプロフィール。
実際はと言えば26歳、実家暮らし。
体調を崩して訳ありなので、必要最低限の生活費を稼ぐ為働いています。
休みの日はもっぱらデート。友人達は子育てに忙しくなかなか会えません。
基本的に太りたくないので、食事自体好きじゃないし、お酒もお金にならなきゃ飲みたくないの。まあ、こんなものだろうか。

夜の世界では若くて頑張り屋が売れる鉄則だ。その癖、無知すぎる女や忙しすぎる女は嫌われる。なんとも都合の良すぎる男性の理想に合う為には、ある程度酸いも甘いも経験したアラサーが、しれっと年齢を誤魔化しておもてなしするのがちょうどいいのだ。

そんなこと言いながらも、「優しいお兄さんばかりで毎日楽しいんだよ」と、きれいな話を更に美しく着色し、物語を聞かせるように彼に話す。
いい人も確かに存在するが、それと同じぐらいに、キスやお触り、体の関係まで求めてくる人間だっている。そこまでいかずとも多少の身体の触れ合いはやむを得ず発生してしまう。

他の人と触れ合う後ろめたさを感じながらも、仕事が楽しいのも事実である。
やきもち焼きの彼は私の接客する姿を見て何を思うだろうか。
そう考えると、私の仕事は、"優しいお兄さん達と楽しくお話ししていること"ぐらいに留めておいた方が良いのだ。

娘として、友達として。隠して頷きながら私が言いたいことは… 

そんな心配性で優しい彼の存在を、両親には隠している。昔は付き合う前のデートですら報告する。デートの洋服を両親に一緒に選んでもらう。そんな娘だった。
そして、そんな娘のデート相手にお菓子を買って持たせてくれるような、寛大な両親だった。

けれど、3年ほど付き合った彼と別れ、体調を崩した時を境に、両親は彼氏を作ることを良しとしなくなった。デートだと感づくと彼氏は作るなよと言わんばかりの嫌味をちくりと刺し、恋愛してる余裕があるなら勉強でもしてみたら?なんていう始末だ。

理由はよく分かる。分かってしまうが故に、彼氏の存在を伝えないことが娘としての最低限の思いやりだと思った。結婚が決まるまでは、両親だけの娘でいよう。もし傷つくことがあったとしても、両親にはバレないようにしなければ。
傷つく恐れのない娘でいることが、両親の心配を増やさない唯一の方法だったのだ。

ところ変わって友人の前になると、また話が変わる。育児に結婚式と人生の節目を迎える友人に比べると、自由奔放に暮らしている。
そして皆は言う。
「独身謳歌してていいね」
確かにそうかもしれない。夜泣きで起こされることもなければ、結婚式の準備に追われることもない。毎朝好きな時間に起きて、買いたいものを自分の使える範囲内で買って、出かけたい日に予定を入れることが出来る。

でも、独身だって悩みがあるのだ。
この後一生添い遂げる人がいなかったら?このご時世で仕事がなくなったら?
それだけではない。
結婚ラッシュのおかげでお祝い貧乏だとか、彼氏と喧嘩したとか。そんな小さなことだって悩みは悩みだ。
そんな主張をグッと飲み込み、自分にはまだ理解することの出来ない悩みを、ただただ頷いて聞くのである。

当たり前のプロフィールを埋められなくなった 本当の私は誰?

そうして自分を隠すため、誰かを守る為、その場その場で嘘をつき続けた私は時折"自分"というものを見失ってしまう。

私は誰?何歳で、どこに住んで、何が好きで、どんな生き方をしている人間なのだろうか?
そんな当たり前のプロフィール欄ですら埋めるのに迷子になってしまうのだ。
若くなくてダメなのだろうか?悩みがあってはダメなのだろうか?
そんな自問自答を繰り返すうちに、自分という人間が真っ暗闇の宇宙の中で1人漂っているような孤独感と深いため息ひとつでは表しきれないようなやるせなさに襲われて、息苦しくなって考えるのを辞める。
もううんざりだ。

「私は今年嘘つきを辞める」

私は"私"だ。
何も間違ったことなんてしていないはずだ。人の為ではなく、自分の為に生きるのだ。
このままの自分を愛してくれない人などいらない。食べたいものを食べ、行きたいところに行き、話したいことを話す。
彼氏がいたっていいじゃないか。悩みがあったっていいじゃないか。傷ついたっていいじゃないか。自分らしく生きていくのだ。