コツコツとヒールの音を響かせて、パリジェンヌのような雰囲気を身に纏いながらビルとビルの間を颯爽と歩き、バリバリ仕事をこなす私の姿…。
が、あったら良いのになあ、と何度目か分からない憧れを思い描く。
そんな私の周りには見慣れた自然豊かな風景が広がっている。
私の生活する地元には最近のバズってエモい映える流行りの最先端なものはなく、あってもタピオカやパンケーキくらい。それすらもう、一昔前の感じがする。
ある文学祭の募集。気が付いたらエッセイを書き始めていた
学生の頃は仕事や結婚で都会に進出する希望がまだあったものだが、就職も結婚も自分の実家からほど近い地元にご縁をいただいてしまった。嬉しいようなちょっぴり悲しいような、乙女心とやらは何とも複雑である。
拘らなければ生活に必要なものは全て揃う。実家の家族にもすぐ会える。何の不自由もない。それなりにお洒落も美味しい食べ物も楽しめる。それだけで十分ありがたいものだが、何か物足りなさを感じてしまうのだ。
仕方がない。都会への進出は諦め、これからも地元でこれまで通り生きていくのだ、と腹を括った矢先に見つけた、ある文学祭の募集要項。
もともと文章を書く事が好きだった私。今まで応募しようと思った事なんて一度もなかったのに、決意表明と言わんばかりに気が付いたらエッセイを書き始めていた。
そして、その勢いのまま、初めて書き上げたエッセイを持って郵便局に行った。
投函し終えた時、長らく不安でドキドキした事しか感じた事がなかったのに、まるで遠足を心待ちにする子どものようにワクワクと高鳴る鼓動に嬉しさを覚えた。賞の結果なんて何も気にならなかった。それよりも、自分の思いを自分の言葉で形に出来た喜びでいっぱいだった。
小さな発見や変化を、忘れないように綴っていく
エッセイ、と呼べるかどうかは分からないが、私は今でも自分の思いを文字に起こしている。書く事を重ねるうちに、自分の感じたままに生きてみたい、そんな思いも芽生え始めた。
それからというもの、今まで眠気覚ましの手段だったコーヒーの香りは、大好きなチョコレートやお菓子をより美味しくするパートナーとなり、桜には春だけでなく、夏は深緑が眩しく輝き、秋は紅く燃え、冬には白い花を咲かせる四季折々の楽しみ方があるのだと知った。
春にしか鳴かないと思っていた鳥の鳴き声は、爽やかな秋晴れの中でも聞こえた。
めったに見かけないと思っていたコウモリは、意外と家の近くをバタバタ飛んでいる事を知った。
都会の喧騒とはかけ離れたのんびりした時間の中で、そんな小さな発見や変化を、忘れないように綴っていく。
過去でもなく未来でもなく「今」を生きる、そんな女性がカッコいい
ずっと、都会の女性はカッコいいと思っていた。そうじゃない。場所や物がカッコいいのではない。
胸を張って自分の好きな事を好きと言える、自分が感じた事を大切に出来る、過去でもなく未来でもなく「今」を生きる、そんな女性を私はカッコいいと思っていたのだ。
私が暮らすこの町には、映える流行りの最先端なものはないけれど、町も人も風景も、そして私も、同じところで立ち止まってはいない。
ふと、窓の外を見る。雪の予報は外れ、青空が広がっている。
幼い頃なら降らないと残念に思ったものだが、今は安堵している自分がいる。
玄関を開けると暖かい日差しと冷たい風が舞い込む。露天風呂みたいだな、と思いながら一歩踏み出すのだった。