「女のくせに、そんなに勉強して怖いんだよ」と言われた瞬間、私達の8年間は静かに終了した。
いつもの週末、いつもの彼の部屋、いつものオムライスとトマトサラダ。お互い何も言わなくても、私が彼のサラダに中華ドレッシングをかけている間に彼は私のサラダに胡麻ドレッシングをかけてくれる。
中学生時代に出会い、同じ部活動で仲良くなった私達は、そこからそれぞれ違う高校と大学に進み、住む場所も離れ、新幹線と高速バスを使って5時間ほどかかる遠距離恋愛になっても仲良しだった。
明るい笑顔で不安を取り除いてくれる「スーパーヒーロー」のような彼
常に先のことが不安で心配性な私と、常に今の楽しさが最優先で楽観的な彼。正反対な私達だけど、私が暗く落ち込んでいる時に彼はいつも明るい笑顔で不安を取り除いてくれて、私にとって彼はスーパーヒーローのような存在だった。
だから、大学生になり夢をみつけて専門学校とのダブルスクールを始めた私がへとへとに疲れて弱った時も、スーパーヒーローは明るい光を与えてくれると思っていた。
それなのに、トマトサラダを食べながら彼が放った言葉は「女のくせに、そんなに勉強して怖いんだよ」だった。うっすら笑っているようだった。
「女ならたいした収入の仕事に就けないんだから、大学生の今をもっと楽しもうよ!専門なんて辞めてさ、カラオケ!飲み会!バーベキュー!海!海行くか?」と言ってきた。彼の1番好きだったところが、1番嫌いなところに変わった。
誰だろう、この人。全然、スーパーヒーローじゃない。
私はヒーローではなく、共に人生を戦い抜くパートナーを求めていた
おそらく、変わったのは私のほうだろう。中学生の頃から、ずっと将来に不安を感じて彼しか信じられなかった私は、高校・大学と年齢を重ねる中でたくさんの人と出会いたくさんの経験を積んできた。
「女性でも夢をみる、女性でも努力する、女性でも夢を掴み取ることが出来る」そう信じることができるようになった。
彼は(か弱い女の子を守るスーパーヒーローの俺)の気持ちのまま中学生から大きくなったのだろう。私だけが(守られたい)から(強くなりたい)と願うようになり、スーパーヒーローではなく共に人生を戦い抜くパートナーを望むようになってしまった。
「私、女のくせに、必死に勉強して夢を掴み取ってみせるから。さようなら」と言い、自分のお皿を洗い、少しだけ残った胡麻ドレッシングのボトルを洗ってゴミ箱に入れて(これは別れというより卒業式みたいだな)と思いながら部屋を出た。
結婚して母になった今、学生時代を振り返ると思い出のほぼ全てに彼がいる。そのぐらい、学生時代における8年間という年月は長く重い。周りからは当然結婚するだろうと思われていたから、学生時代の知人に今の結婚を報告した時は結婚相手が彼だと勘違いする人が多かった。何から何まで全てお互いに知り尽くした、大切なかけがえのない存在だったけれど、あの日の絶望感は全てを終了させるだけのパワーがあった。
今思えば、彼なりの励ましだったのだろう。1日15時間勉強して睡眠時間を削り、心身ともにボロボロだった私をなんとか元気にさせたくて出た言葉が、あれだった。
8年付き合った彼と別れても、今も私は「強く」生きている
別れを告げてから何度か連絡があったけれど、卒業した場所に戻っても再入学できるわけもないので見ないフリをした。別れてから暫く、もう彼氏なんて要らないと思っていた。
ただ、男でも女でもなく1人の人間として私に向き合ってくれる人がいたら、私が向き合いたいと思える人がいたら、それはどれほど心強く、そして心が豊かになるだろうか。そう思っていたところに、ちょうどそのままの形であらわれたのが現在の夫だ。
彼との8年間から卒業して見えた景色の中で、今の私は生きている。決して無駄な時間ではなかったと、今なら心の底から思える。
大切な8年間を、ありがとう。