私には6歳の時に弟が生まれた。弟が生まれるまで、弟ができることが楽しみすぎて、両親の名前付け会議に私も参加していた。私が小学校に入学するタイミングで買ってもらった小学校3年生までに習う漢字だけが載った漢字辞典を持って、これがいい、あれもいいと言っていた。

結局、私の案が採用になり、弟の名前は小学校1年生に習う漢字だけで書けるものになった。

弟の面倒を見る両親を見て、私も「お姉ちゃんっぽいこと」がしたくなった

産まれてくる日は、お母さんがとてもとても苦しそうで私もパニックになった。弟が生まれたときも、びっくりして泣いた。でも次の日になると、お母さんが入院している病院でずっとガラス越しの弟を眺めていた。

何日か経って、一緒にお家で過ごすようになると大変である。よく泣くし、ふにゃふにゃしてるから、とんでもなく丁寧に扱わないといけない存在だと思っていた。

お父さんとお母さんは常にバタバタしていた。朝は私とお父さんがでかけるのを弟を起こさないように準備しないといけないし、夜は両親が連携して弟をお風呂にいれないといけない。

そんな両親を見ていたら、私も弟のために何かしたくなった。「お父さんっぽいこと」「お母さんっぽいこと」に憧れて、「お姉ちゃんっぽいこと」がしたくなったのである。

私はタオルケット一枚で寝ている弟をみて、寒いかもしれないと思って毛布を掛けてあげることにした。もちろん乳児の体温が高いことなど知らない。私は自分のベッドで使っていた可愛いキャラクターが描かれた毛布を弟に掛けてあげた。そして「おねえちゃんっぽいこと」ができた自分が嬉しくなった。

喜んでくれるだろうと思ってとった行動で、弟を泣かせた

だから私はもっと嬉しくなるために、自分のベッドに置いてあったぬいぐるみも弟のベッドに置いてあげることにした。ただ当時の私のぬいぐるみ事情として、このキャラクターとこのキャラクターは仲が良いとかの設定があったので、1つだけではなくいくつも弟のベッドに並べてあげた。私の感覚では、弟は可愛いものに囲まれてあったかくなるから、喜んでくれるだろうと思っていた。

でも、実際には違う。暑いし、顔の周りにわさわさしたものが並んだことによる違和感で弟は泣いた。そして、母が飛んできて泣き止ませてくれた。

また別の日、弟は母があーんして食べさせている離乳食をなかなか食べなかった。私は弟がご飯を食べないのは楽しくないからなんじゃないかと思った。小学校で給食を食べるようになってから、楽しく食べれば美味しく食べられるという意識になっていたからだ。

だから、弟にベロベロバーをしてあげた。これで笑えば、エンジンが入って食べるようになると思ったからだ。

でも、実際には違う。弟は泣いた。私は何で泣いたのか分からなかったけど、私が使った技が間違っていたのかと思って、いないいないばぁもしてあげた。すると、弟はもっと泣いた。そして母が泣き止ますことになり、食事は中断になった。

私は、弟ができた喜びを間違った方法で表現してたくさん泣かせてしまった弟と、そのせいでただでさえ大変な育児に追加で負担をかけてしまった母に謝りたいと思っている。