この頃よく思う事がある。
生き延びるにはやはり性的な魅力がとても大切なのかもしれない、と。
未だ処女で、今はどうもそういうことに対して乗り気になれずにいる。
子供を授かるのには必須の行為で、愛情の確認としてする事が多いだろう、ソレ。
親が私を授かるためにしたソレ。
20代になれば友達だって一度はしているはず…。

セックスをすると女性は綺麗になる・魅力が増す?

中高で経験した人と未だ未経験の私の性的偏差値は、実際かなりかけ離れてしまっているだろう。
テクニック的な問題も、コツも、何もかも。
セックスをすると女性は綺麗になる・魅力が増すという言説が本当なのであれば、損をしていることになる。

私は最近ブリンブリンなお尻の外国人や筋トレして鍛え上げた女の人(日本人)のInstagramの写真をチェックしている。

近々ジムに通おうと思っているためモチベーションアップも兼ねて見ているのだが、そういう人の他の写真を見てみると、まぁ普通にバンバンと際どいイチャイチャ写真や水着の写真を載せていて、自分の人生に重ねて色々と考えてしまった。

そっか、私はただ太った体型を元に戻すのが目的でジムに行って鍛えようと思っていたけど(大多数の人がそうかもしれない)、セクシーに鍛え上げた自分の身体をある種の武器にして生きている人がこんなにたくさん居るんだとカルチャーショックを受けた。

色々考えあぐねた結果、一刻も早く処女を卒業して、男の悦ぶ女に磨けば良かったのだろうかという気持ちに至った。ちょっと半ギレ。

私が男を果てさせるという事実が可笑しすぎる

「性」に対して思いを馳せる時間が長くなればなるほど、街中を歩いているカップルや近所のほんわかファミリーを邪な目で見てしまう。我ながら拗らせすぎていて気持ちが悪い。

「あの奥さん、あんなにふわふわ~ほんわか~な感じなのに夜は豹変するのだろうか」とか妊婦さんを見ても「やったんだな…(おめでとう)」など性に目覚めた男子中学生のような感情を抱いてしまう。

私ももういい大人だから過去の同級生の子供の話はちらほらと聞くけど、その同級生との圧倒的な差は青春時代についてしまっていたようだ。

でもいつ女達は女を自覚したのだろう?
いつアンアンと喘ぐ事を覚えたのだろう?

素朴な疑問が次々と出てくる。
授業も何もなく自然に覚えていくのが普通なのかもしれない。
まず、私が男を果てさせるという事実が可笑しすぎるし、私が乳を揉まれるという事実が可笑しすぎる。
以前ABCで言うところのBまでは至った事があるが、その最中自分の状況を俯瞰して妙に冷静になったのを覚えている。
他の女の人のように演技して恥ずかしがるのもできないと思う。きっと10代の勢いで経験していたら腕を磨けたのかもしれない。
何が正しいなんて事はないけれど、やはり若い内に遊んだ人には敵わないと思う。

全てはバランス。性に関してはとりわけ難しいものだ

関係ない話になるが、ある日母とのドライブ中、「バイアグラって知ってる?」と驚くような質問をされた。
本当はめちゃくちゃ知ってるのに「知らない、なにそれ?」と答えた。
母は説明してくれた。

「今仕事で行ってるお爺ちゃんの家にバイアグラって精力剤があって、若い職場の子は何か知らないらしくてさ~。あんたなら物知りだから知ってると思って」という事だった。
だとしてもそんな事私なら娘に聞かない。

そこから何故か性的な話題になり、「もういい年齢になってきたから言うけどそういう事をするときはコンドームをつけろ」という話になった。
それは確かにごもっともだと思う。望まない妊娠は絶対にしたくない。
でも母と性的な話題を共有するのは、嫌だった。色々と想像してしまうからだ。
私の中で母は母であってほしくて、女であってほしくない。
年頃の娘の事を思って言ってくれたのだとは思うが、私にはいつそんな日が来るのだろう。
夜遊びが好きな娘も嫌だろうけどそういう話題がない娘もつまらないのかもしれない。
全てはバランスというが、性に関してはとりわけ難しいものだと感じた。

快楽に溺れて帰って来れなくならないように、自分でブレーキを踏まなければいけない。
適度に学んで磨いてという中庸を心掛けて、まだ見ぬ行為に思いを馳せたところでこの文を終わろうと思う。