小学5年生の夏休み。私は10歳だった。2階の子供部屋に、父と母が上がってきた。父に会うのは久しぶりだった。
弟2人は、昨日からイトコの家へお泊り会。ゲームやマンガであふれたイトコ宅は、弟たちにとっての天国だったけど、「ゲームをしていると目が悪くなる」「マンガやアニメばかり見てると頭が悪くなる」が口癖の母は、弟たちがイトコの家に遊びに行くことを避けていた。月に1回までだったはずのお泊り会が、毎週の恒例になってから半年が過ぎようとしていた。
弟たちの誕生日に父がいないことはかわいそうで、私の誕生日は?
「おめめも大人になったから、話があるの」と母が口を開いた。聞きたくない。喉の奥が痛くなるのを感じた。
「お父さんとお母さん、別々に暮らすことになったの。おめめたちはみんなお母さんと一緒に暮らすからね」と言い、他にはたくさん話し合った結果こう決まったこと、弟たちにはまだ言わないでほしいことを伝えられた。
なぜなら、今月は下の弟の誕生日で、来月は上の弟の誕生日だから。2人には10月になったら伝えること。その時には、もうお父さんとは一緒に暮らせないこと。そして、「おめめは、お姉ちゃんだからわかってくれるよね」と言われた。
私の誕生日は11月。どうして弟たちはかわいそうで、私の誕生日に父がいないことはわからないといけないのかが理解できなかった。
「お父さんは来週からまた出張だから」と言った。今年に入ってから増えた出張が都合のいいウソで、本当はただの別居なことはとうの前から知ってた。きっと弟たちだって気づいてる。
「その前に明日プールに連れて行ってくれるんだって。でも、おめめはお母さんとお買い物に行こうね」と母は言い、私が「え?」と顔をあげる父と目が合った。母が「おめめは大人になったから、今週はプールに行けないのよ」と言うと、「そうか、おめでとう」と父が大好きな笑顔で笑う。私は、喉が張り裂けそうだった。
思っていたより初潮が早く来て、シーツを汚して…私は絶望していた
今朝起きたら、下着に血がついていた。5年生の最初に学校行事で合宿があり、行事説明会の後に女子だけ集められて、生理の話を聞かされていた。私はそこで初めて、女性には生理というものがあることを知った。
家に帰ってから母にそのことを話したが、母の初潮は中学生で、母と体型が似ている私もまだ先のことだと言われていた。
なのに初潮がきた。まだ5年生なのに? まだ10歳なのに? 母はお赤飯を炊くと張り切っていた。「やめて」とつぶやいたけど、「めでたいことだからお祝いしなくちゃダメだ」と譲らなかった。
赤飯なんか好きじゃない。今まで数えるほどしか食べたことのない食べ物が、私のお祝いに出される理由がわからなかった。
ナプキンのつけ方を母に教わって部屋に戻ると、ベッドにも血がついていた。弟たちが家にいないことに安心した。母と一緒に汚れたシーツ一式を洗いながら、なんてみじめなんだろうと思った。「次からは自分でやるのよ」と言われて呆然とした。まるで、お漏らしでもした気分だった。
いい年してお漏らししたことがばれないように、一人でこっそり下着を洗わなくてはならないなんて。これから毎月こんなみじめな思いをしなくちゃいけないのかと、軽く絶望したところだったのに。
父と暮らす最後の「大事な時期」に、生理なんて来てほしくなかった
こんな形で、父に打ち明けられたくはなかった。この大事な時期に、生理なんて来てほしくなかった。最後の父とのお出かけができない自分の体を呪った。それを大好きな笑顔で「おめでとう」なんて言われたくなかった。
早く大人になりたかった。父と母の言い争う声が聞こえるようになってからずっと。大人になれば、こんな家にいなくてすむのにと思っていた。大人になれば、私の意見も聞いてくれるんだろうと思っていた。大人になれば、たとえ父と母が離れ離れになっても悲しくないんだろうと思っていた。
父と行けないことに対して「うん、わかった」と言った私は、生理が来なければ、私も一緒に行けただろうか、大人にならなければ、私の誕生日はみんなでお祝いができたのだろうか。子どものままだったら、一人こんなつらい話を聞かされることもなかっただろうかという気持ちが頭を過った。
ナプキンを代えるために行ったトイレで、「子どものままでいたい」と願った。