これは、私が今までに唯一、父に本気で怒られた日の記憶だ。それは7年前の高校2年生の頃。当時の私は、部活に勉強に忙しい日々を送っていた。
部活はバドミントン部だった。県内でそれなりに名の知れた強豪校だったので、毎日の練習は同じことの繰り返しでもきつかった。そのうえ文武両道を掲げる自称進学校でもあったので、先生たちから嫌がらせのように毎週出される膨大な課題に追われ、毎日本当にクタクタだった。
「そんなに嫌なら食うな!」いつもは寡黙な父に怒鳴られた
その日、父は私よりも早く帰っていて、帰りが遅い母の代わりに夕飯の支度をしてくれていた。父は私が帰った時には夕飯を食べ始めていて、私は自分の茶碗にご飯をよそったり、箸を出したりして食卓についた。
やっとひと息つけると思ったところで父が、「母さんの分も準備してあげて」と言ってきた。私はそのとき、鉛のような身体を椅子から持ち上げることがだるくて、「別にあとでいいじゃん」と言った。
しかし父は珍しく、「いいから、やれ」と命令口調で言い返してきたので、私はカチンときてしまった。嫌々立ち上がり、わざとガチャガチャと音を立てながら母の茶碗やら箸やらを食器棚から取り出し、ご飯をよそって母がいつでも夕飯を食べられる準備をした。
母の夕飯の支度をしながら、「なんで私が座ってから言うかな?」「先に食べてるくらい余裕があるんだったら、自分がやればよくない?」と思っていた。すると、いつも寡黙な父が「そんなに嫌なら食うな!」と怒鳴ったのである。私は驚いたのと、叱られたという悔しさで不貞腐れて自室に籠った。
見当違いな父の言い分。頭の中は「?」でいっぱいだった
しばらくしてから父に呼ばれて、「なぜ怒ったのかわかるか?」と聞かれた。私は物に当たったことがいけなかったのだと思ったので、正直にそれを伝えると、「いつもご飯を作ってくれている母さんに失礼だからだ」という答えが返ってきた。
私の頭の中は「?」でいっぱいだった。この人はなんて的外れなことを理由に怒ったのだろうと思ったのだ。別に私はお母さんのご飯の支度をすることが嫌だったのではない。
今やるべきことではないと思ったからなのだ。疲れ過ぎて立ち上がる気力がなかったという事のほうが、そのときやりたくなかった理由の大部分を占めていたことは否定できないが、実際母が帰ってきたのは、父とひと悶着あってから30分もあとだったのだ。
父はせっかちな性格で、出かけるときは家族の誰よりも早く準備をして一足先に車の中で待っているような人なので、早く夕飯の準備をしておきたいと思ったのかもしれない。だが食べる30分も前にご飯をよそっていたら、ご飯が冷めるしカピカピになってしまうではないか。
父との無駄な喧嘩。自分の思いが上手に伝えられずもどかしかった
たしかに物に当たるのは良くなかったし、私も冷静に「ご飯がカピカピになるから、お母さんが帰ってきたらやるよ」と言えばよかったのだが、如何せんそのときは反抗期真っ只中。
普段仲の良い母に、部活のことを色々と聞かれることすらイライラしてしまうくらい、沸点がよくわからないところにあった時期なのだ。
疲れているときに丁寧に論理的に話ができるほど、大人ではなかった。父よ、ただただそのときは疲れていて、やる気が起きなかったのだ。そして、無駄に喧嘩してしまったのは、自分の思ったことが上手に言えないくらい未熟だったからなのだ。
今となってはどうでもいい些細な喧嘩でしかないが、なぜかあの日のことは強烈に覚えている。いつか私にも子供ができて、反抗期の子供と喧嘩する日が来るのだろうか。その時には、私もこんな風に訳もなくイライラしていたなと、おおらかに子供を見守れたらと思う。
しかし、今でも喧嘩したときの父の言い分に納得できていないことを考えると、そんなに優しい気持ちではいられず、反抗されたらされた分だけ、子供とデッドヒートしてしまいそうだ。