昔、具体的には小学生くらいまで私は「いいこ」だった。
成績もよかったし、親の言うこともよく聞いていた。自分で言うのは違う気もするけど、たぶん、結構、できた娘のはずだった。

私の父は厳しく、母は怒りっぽい人だった。
特に父は、昭和の「大黒柱」的な価値観のもとに生きていたから、家族の中でいちばん権力を持っていた。
とにかく怖かったし、私は逆らうことなんてなかった。
このような両親のもとに生まれると、できるだけ揉め事を回避しようと「怒られないように」努力して、家庭内を生き抜く術が自然と身についていく。つまりは親に文句を言われないように勉強も頑張るし、習い事や学校行事はある程度の成果が出るよう頑張るし、そうしたら自然と「いいこ」になっていた。
褒められるため、評価が下がらないために頑張った。だってそうすれば揉めないで済むから。
喧嘩の火種を作らないことが、すべてを穏便にならして生きるためには大事なのだ。

見える世界のすべてが敵に見え、「いいこ」な自分に抱く疑問

しかし私は中学に入学してすぐ、反抗期に入った。ベタな時期といったら変な言い方かもしれないが、本当に、典型的な時期に典型的な反抗期を味わっていると思う。心のぐらつきは、中学入学後、音を立ててそのまま崩れた。

見える世界のすべてが敵に見えた。自分は敵と常日頃から戦うヒーローにでもなったのかと錯覚するほど。
とにかくすべてに敵意を燃やした。家庭も、親も、例外ではない。むしろそこが主戦場だった。
いままで「いいこ」でいたことに、疑問を抱いた。不良漫画やドラマを見て、どうして私は今まで誰かの「いいこ」でいたんだろう、なんて考えたりした。
怖かったはずの親が、急にちっぽけに見えた。大きなきっかけはなかったけれど、今までの反動なのか、心臓の手前に溜まっていたなにかがプチンと音を立てて崩壊したのだ。

私はいいこなんかじゃない、という意思表示がしたかった。あなたがたに縛られるような存在ではないのだと。
親から何か言われても今までは平和におさめようとぐっとこらえていたが、徹底的に口答えをするようになった。最初のうちは内心びくびくだった。怒鳴られたくない。怖い。やっぱり怖いよ。でも、ここで負けたらいけない。

──「私は何と戦っているの?」

ついに爆発。たった5文字で、絶対的な存在に攻撃を喰らわせる

私はその日、学校でうまくいかないことがあり1日落ち込んでいた。夕飯の時間になってもご飯をかき込む気になれず、無意識のうちに茶碗を持ったままぼーっとしていた。
すると父親がテーブルをバンッと叩き、テメーはメシを食う資格がねえ!と怒鳴り散らかしてきた。父親は食事に集中しろ、と言いたかったんだと思う。

私は無意識下に急にめり込んできた怒号にただ驚いて、一瞬世界が止まったが、だんだんと何とも言いようのない、怒りも悔しさも諦めも虚無も、すべてがごった煮になった感情を覚えた。
私のことなど何もわかっていないくせに、表層だけを眺めて怒る、なんて理不尽でくだらない状況だ、と13歳くらいの私は冷静に思った。しかし冷静のまま居られるわけもなく、私は爆発した。

「うるせえな!」
たった5文字だった。それまでの口答えとは比べ物にならない勢いだった。私は持っていた箸をテーブルに打ち付けた。椅子から立ち上がって、リビングを出た。
私は初めて、親に怒鳴った。暴言を吐いた。絶対的な存在に、攻撃を喰らわせた。
私は「何にも逆らわない私」に勝ったのだ。親に対する発言が正しいのか間違っているのかはさておき。

どうしてだろう、このときようやく「私は自分を生きている」と思った。誰のものでもない、自分の魂に、ようやく自分の身体が追いついたと思った。

父親に初めて言い返したあの日、私は私になり、「第二の誕生」をした

このあと大喧嘩になるだろう。そんなことは簡単に予想がつく。なのに、気持ちは晴れやかで、清々しかった。
他人にひどいことを言っているのに、罪悪感は微塵も感じなかった。我ながら最低とも思うが、これが正直な思いだった。

意外にも父親は怒鳴り返してこなかった。ただ舌打ちをして、いいから食うぞと私抜きの空間を「再開」した。
それから2ヶ月くらいまともに会話しなかったので、まぁ実質これはかなり長引いた喧嘩になるのだろう。

この話を少し前に父親としたのだが、父親もこれは覚えていた。初めてお前の感情がむき出しになっているところを見た、知らないお前がいた、何も言い返す気にはならなかったと、そう言われた。

正直我が家は、今でも仲良くはない。このエピソードだけではない、思春期のアレコレで、私と両親の間には亀裂が生まれている。しかし、私が私という人間に「なれた」きっかけをくれたのは皮肉にも父親であった。

フランスの哲学者ルソーは、青年期を「第二の誕生」と称した。私はあのとき、生まれたのだ。戸籍上の生年月日ではない、あのとき私は私になったのだ。

私はこれからも、私を生きていく。だれのためでもない、私のために。