今から6年前、新入社員だった私は、某高級チョコレート店で接客をしていた。
そこで人生最大の敵に出会った。
敵はサーフィンとヨガを趣味としている当時37歳の女性店長だった。

どれだけ好かれる努力をしても、事態はひとつも好転しなかった

初対面から直感的に関わってはいけない類いの人だと感じた。
接客業に従事しているのに、私が自己紹介してもにこりともせず、仏頂面だった。
アルバイトの子には「笑って」と指示を出すのに、自分が一番笑っていなかった。

その直感はやはり当たっていて、いじめ抜いた先輩が辞めてしまうと矛先は私に移った。
仕事をし始めると2人でシフトに入っているのに口を利いてもらえなかったり。
新人アルバイトと私のみでシフトを組んで、一日中休憩に入れさせないようにしたり。

一番堪えたのは、他店舗の新入社員が4カ月で店長とマンツーマンで行うテキストを、本社で提出・発表しなければならない3日前にしかやってもらえず、休日を潰して猛勉強しなければならなくなった時だ。
今思えば、そのまま本社に報告してしまえばよかったと思う。
でも当時の追い詰められていた私にはそんなアイディアすら浮かばなかった。

家で自主的に仕事をしてみたり。
彼女を褒めてみたり。
話し合いの場を設けてみたり。
他の人を交えて距離を詰めようとしたり。
やれる努力はやったと思う。でも、事態はひとつも好転しなかった。

仕事をするたび疲弊していく心。それでも、辞められなかった

私の所属店舗は駅ビル内に入っていた。
店長は駅ビルの新入社員にも楯突いたり、お客様から対応が悪すぎてクレームの入るような人だった。
ただ、時折様子を見に来る男性上司には猫撫で声で媚びを売った。
おまけに私が働いていた頃、300人いた店長の中でも数人しかなることのできないアドバイザーになっており、本社では評判がいいようだった。

店舗のスタッフも、競合他社の従業員も、他店舗にいる同期たちも、みんな味方でいてくれた。
私が入社する前に社員が8人連続で辞めている。
彼女はおかしい。
誰もがそう言ってくれても、毎日毎日何時間も顔を合わせ、仕事をしていくうちに私の心は疲弊していった。

明日あの人に会わなきゃいけないなら、死んでしまおうかな、とまで思い詰めていた。
今の自分が新入社員だった頃の自分に会いに行けるなら、「さっさとそんな職場は辞めろ」と叫ぶ。

でも、あの頃は辞められなかった。
転職の面接に行って、事情をなんにも知りもしない面接官はどう思うだろう?
半年で辞めてしまうなんて忍耐のない子だな。
何の実績も資格もない私は、そう思われてどこにも拾ってもらえないんじゃないかと怖かったのだ。

評判が良くないリーダーは、新入社員の私にも目をかけてくれて

ホームに電車が入ってきただけで突然泣き出してしまうくらい不安定になった頃、本社から営業担当のリーダーと呼ばれる役職の男上司がやってきた。
彼のことを皆、口を揃えて「顔はいいのに仕事はできない」と言った。
リーダーは、ジュノンスーパーボーイコンテストのファイナリストに残ったことのある長身で整った顔立ちだったが、仕事で全く評価されていなかった。

たとえば、繁忙期にわざわざ店舗に訪れ、お客様が商品を見ているにも関わらず、自分の持ってきたバッグをショーケースの上に置いて、こちらに話しかけてしまうような人だった。
ひとつの店舗で店長を十年勤め上げ、やっとリーダーに昇進したというのも他に例を見ないほど遅かった。

評判は控えめに言って最悪の人だったが、他の上司が店長と少し話したらそそくさ退散する中、リーダーは新入社員である私にも目をかけてくれた。
「店舗じゃ話しづらいこともあるだろうから」とカフェに連れて行ってくれた。
本当は今すぐすべてを話して助け出して欲しかったが、どこまで現状を正直に話していいかわからず、考えあぐねている私に自分の名刺を渡して「いつでも連絡してね」と言ってくれた。

危惧すべき問題なんて考えられず、全身で頼ったリーダーの存在

社交辞令だとわかっていたけれど、藁にも縋る思いでリーダーにメールしていた。
改めて相談したいとお願いして、本社の会議室を予約してもらい、胸の内を吐露した。
精神的に追い詰められていて、情けないことに店舗から電話をかけて泣き出したこともある。
それまでの私は十中八九相談は受ける側で、10年来の付き合いがある親友にすらそんな頼り方はしたことがなかった。

どれだけ相手にとって迷惑か。
知り合って間もないのにどう思われるか。
仕事の評価に関わるのではないか。
危惧すべき問題はいくつもあったのに、そんなことすら考えられないくらい全身で頼っていた。

あれだけ仕事ができないと陰口を叩かれていたリーダーは本社に問題としてあげてくれ、数ヶ月後に店長は退職した。

新入社員の声なんてどこにも届かないと思っていた。
リーダーの小さな声に熱心に耳を傾け続けてくれる、人としての優しさや在り方が私を救ってくれた。

「世の中も大人も捨てたもんじゃない」と思えたヒーローとの出会い

あとから知ったことだが、店長はあの当時不倫をして離婚協議真っ只中で、精神的にボロボロだったらしい。
ヒステリックなモンスターではなく、彼女も一人の女として苦しみながら働いていたのだと知って、少しだけ彼女を許せるような気がした。

店長のような理不尽を押しつけてくる人も社会には大勢いる。
けれど同時にリーダーのような損得勘定抜きに助けてくれる人がいる。
世の中も大人も捨てたもんじゃないと、社会人になって初めて感動した出来事だった。

あれから数年のち、健康な心と正常な頭で判断して、今の恵まれた職場に転職することができた。
結果は同じ辞めるという選択でも、あの時していたら、逃れたいという思いだけであわてて行い、もしかしたら失敗していたかもしれない。リーダーも降格した後、退職したと知った。

もうどこでどうしているかもわからない。
けれど私にとってリーダーは今でもずっとヒーローであり、間違いなく最高の上司だ。