こちとら生まれてこの方、愛やら恋やらに縁のない人生を送っている。
友チョコくらいしか渡したことがない。しかも見返り目当ての友チョコである。友チョコ、と言いながら友人を失くしそうだ。
バレンタインの思い出なんて……と思ったが、去年のバレンタインのことを、ふと思い出した。
私が「彼氏」に作ったチョコレートケーキのことである。
キッチンで一人悪戦苦闘する妹。どうやらチョコを作っているらしい
料理が好きで、大学でも調理を専攻していた。下手の横好きレベルだが、特にお菓子作りが好きだ。特に私の作るガトーショコラとクッキーは、我ながら絶品だと思っている。
去年の2月13日。私からすればただの土曜日で、明日は映画でも観に行こうかな、等ととりとめのないことを考えていた。その日の夜のこと。
風呂から上がり、さて麦茶でも飲むかとキッチンに行けば、妹が一人、悪戦苦闘していた。
「何してるの」
問えば、
「彼氏へのチョコレートケーキを作っている」
と返ってきた。妹は私と違い、愛や恋に溢れた日々を送っている。
「あそ。頑張ってね」
こういうのには関わらないに限る、とそそくさキッチンを出ようとすれば、
「ねぇ。きりちゃん(妹は自分のことを名前で呼ぶ)。今日知ったんだけど、金属のボウルってレンジかけるとヤバいんだね」
と、耳を疑うような言葉を紡がれた。
「火花バチバチいってヤバかった! ウケるよね」
全くウケない。恐怖でしかない。妹がかき混ぜるボウルを見れば、見るからにダマになった、なんというか、どう見ても美味しくなさそうな薄茶色のドロドロとした「何か」が入っていた。
「何これ」
「何って? チョコレートケーキの素だけど」
「えっ」
ダマになっているし、チョコレートケーキにしては色が薄すぎる。これでチョコレートケーキと名乗られたら、私のガトーショコラはもはやカカオそのものになる。
妹が作ったチョコケーキ。中に入れていたのは飲む用のココア
「きりちゃん、チョコレート入れた?」
「お姉ちゃんのよく飲む甘いココア入れた」
もはや爆笑である。それはチョコレートケーキではなくココアケーキである。
「なんかさあ、色薄いんだよね」
色が薄いことが問題なのではない。チョコレートを入れていないことが問題なのである。
「きりちゃん」
「何?」
どう切り出すか逡巡した。下手な話し方をすると、妹はすぐヘソを曲げる。
「どうしてチョコレート入れなかったの?」
恐るおそる尋ねる。
「だって、家にチョコレートなかったんだもん」
いや、買えよ。
心で思っただけのつもりだったが、口に出していたらしい。妹はあると思った、だとか、面倒だったし、等とモゴモゴ言い訳をしている。
言い訳するんじゃない。そして可哀想だろう。彼氏が。写真でしか見たことのない彼氏に、ごめんなと胸の中で謝った。
「手伝おうか」
「え、別にいい。きりちゃん一人でできるし」
「作るのはきりちゃんやりな。私はチョコレート買ってくるよ」
「いいの?」
時間は22時半を過ぎている。ビターチョコレートが欲しい、と妹に言われた。コンビニで売っているか不安だったので、近所のスーパーに駆け込んだ。えらい姉である。
会ったこともない妹の彼氏へ。あのチョコケーキは私が作りました
蛍の光が流れる店内でチョコレートを何枚か買った。ついでにココアパウダーも買った。私がよく飲む甘いココアではなく、純ココア。
「きりちゃん! 買ってきたよ!」
「あ。おかえり」
妹はリビングでテレビを見ていた。
「はいこれ。じゃあ頑張ってね」
「え?」
「ん?」
「お姉ちゃん、よろしくね!」
「え?」
私が買い物に行っている数分の間に、妹は心変わりしたらしい。
妹が作った薄茶の液体に溶かしたチョコレートと純ココアを入れ、焼いた。
私が。
上に粉糖をかけ、8等分に切った。
私が。
「めっちゃおいしそー! きりちゃんも食べていい? ちょっと苦いけどいいや!」
袋詰は、妹が。
「お姉ちゃん! いい感じだったよ」
「あ、そ? そう? なら良かった」
「うん。ありがとー!」
次の日、妹は無事彼氏にチョコレートケーキを渡したらしい。
「きりちゃんが作ったんだよ。あんまり上手くできなくてごめん!」
との言葉と共に。
失礼の権化か。
直接会ったこともない妹の彼氏へ。
あなたが美味しいと言ったケーキは、私が作りました。
ちなみにホワイトデーに妹がもらった手作りドーナツは、ひとくちも分けてもらえなかった。