大好きな本よりも欲しいもの。それは「両親の健康」だ

つい最近までは「欲しいものは何?」と聞かれたら、「本」と答えていただろう。
読みたい本が沢山あって、大学の図書館へも毎日のように通って、本を買うために古本屋さんで3時間もにらめっこするぐらい本が好きだから。

でも、今は違う。
「欲しいものは何?」と聞かれたら、真っ先に『両親の健康』と私は答える。

二人の異変に気づいたのは、本当に最近だった。
「整体行ってくるね」という母の声を、頻繁に聞くようになった。
頭を抱えている父の姿を、よく目にするようにもなった。
誰も触らないでいた薬棚を見渡せば、身に覚えがない頭痛薬や整腸剤が並んでいた。空になった薬の瓶まで見つけた。
二人共、「歳のせいだから」と言っていたけれど、そうじゃないと私は考えている。
二人の身体を蝕んでいるのは、きっと“過労”だ。

二人の子供を育てるために、昔から必死に働いてくれていた両親

二人の青春は、あまりにも短すぎた。
家庭の事情で、両親は10代で働かなければならなかった。
20代には子供が生まれ、二人は親になった。
30代、40代、50代は子供を育てるために身を削った。
働いて、子育てをして、子供に愛を注いで……。
二人はこうして自分の時間を持たずに、身体をボロボロにしてまで、尽くしてくれた。

私の家は裕福ではない。
共働きでないと家族で暮らしていけなかった。
だから、二人の子供を育てるために、両親は必死だったのだ。
「学歴がない」という理由で、両親は実力はあるのに、管理職になることはできなかった。
けれども、身を粉にして働き続けた。家族で暮らしていくために。私を大学へ入れるために。
その苦労が今、ツケになってまわってきたのだ。
両親の体の異変にも気が付かなかったなんて、私はひどい人間だ。

家が裕福ではないことは、小さい頃から薄々気づいていた。
両親はそんな素振りを見せないようにしていたけれど、子供ながらに家の事情について、勘づいていたのだと思う。
私なりに、両親には苦労をかけないように気をつけていたつもりだったけれど、迷惑ばかりかけていた。
そんな中でも両親は、いつも笑顔を絶やさなかった。
私が病気になり、仕事を休まなければならなくなっても、ちょっとしたジョークを言って、私を笑わせてくれた。
「何か食べたいものはない?」「熱は大丈夫?」と気遣ってくれた。
今、私はこの言葉を両親に伝えたい。

「お父さんとお母さんこそ、身体は大丈夫?何か辛いことはない?」

愛されてきた私が両親の健康を守るためできることを考えたい

私に何かできることはないだろうか。
家事や洗濯などできる限りのことはやりたいけれど、それで本当に健康な身体が戻ってきてくれるのだろうか。
私が働くようになって、家にお金を入れることができれば、両親は少しでも楽になれるのだろうか。
今の私には、両親の健康を改善するための方法が思い浮かばない。

身体の調子が良くならないから、あれだけの大量の薬瓶があるのではないか?
ひょっとしたら、もう体調は良くならないのか?
良くない考えが頭をよぎることがある。

両親にはできるだけ、長く生きていてほしい。
家族のために身を尽くしてきた二人に、何もできないままなのは絶対に嫌だ。

今まで愛され、守られてきた私だが、今度は両親の健康を守るために何ができるのか。
できることは限られるかもしれないが、両親の健康を取り戻すために力を尽くしたい。