ピンクが好き。大好き。物心ついたころから、好きな色を尋ねられると迷わず『ピンク』と答えていた。
私にとってピンクは夢の色。桜みたいなピンクは優しくて、柔らかくて、甘い。見ているだけでうっとりとする。ビビットなピンクは鮮やかで華やかで格好良い。目にしたり、身に着けたりすると気持ちが締まる。ピンクのすべてが好きだ。

周りがだんだんピンク離れしても、私は相変わらずピンク一筋

小さいころは周りの友達もみんなピンクが大好きだった。髪飾りは決まってピンクだったし、真っ先に取り合いになるクレヨンもピンク色だった。ピンクはこの世の人を虜にし、幸せにしてくれる魔法の色だと思っていた。
しかし、大人に近づくにつれ、状況が変わってきた。それまで疑いの余地もなく私と一緒にピンク同盟を組んでいた友達が、だんだんピンク離れしていった。好きな色は?と聞くと、青や紫、黄色やオレンジに緑と、ピンク以外の色を答えるクラスメイトがだんだん増えていった。
それでも、私は相変わらずピンク一筋で、一人だけピンクの目の前に取り残されたような気持ちになった。みんなは決してピンクが嫌いなわけではないけれど、私よりも数メートル距離を置いて、他の色たちとの距離を詰めているように思えた。
もちろん、ピンクばっかり注目されるのは他の色がかわいそうな気もするから、友達が他の色を好きになるのは決して悪いことではなく、むしろ私がピンクを独り占めできるような気もしてうれしかった。私はピンクに夢中だった。

「ピンクは呪いだ」。授業で知るピンクの新たな一面

ところが、大学生になって新たなピンクの一面を知った。
私は女子大に進み、ジェンダー学に関する授業を受けていた。どの授業も面白く、性差別やジェンダーバイアスについて学ぶことは私に大きな刺激を与えた。毎日が新鮮な日々だった。

そんな学生生活を謳歌していたとき、聞き捨てならない言葉が授業中に教授から発せられた。
「ピンクは呪いだ」
私は、この言葉を聞いたとき、意味が分からなかった。大好きなピンクと、忌々しいイメージのある呪いという単語がどのように結びつくのか想像できなかった。
そして、教授は思いもよらぬことを学生に向かって主張したのだった。

それは、昔から「女性はピンクが好き」とか、「女性らしい色はピンク」などという「女性=ピンク」のジェンダーバイアスがあり、現代社会においてもこの観念は根強く残っており、ピンクや、この色が連想させるイメージは、社会における女性の在り方を潜在的に限定しているという。これが多くの女性の足かせになっているらしい。
ピンクは、今では女性にとって、女性としての在り方を強要する、いうなれば呪いになっているというのが教授の主張だった。

女性が生きにくい原因の一端をピンクに負わせるのはどうだろうか

私は、驚きと悲しさと、少しのもやもやで混乱していた。同時に納得している自分もいて、ますますわけが分からなくなった。
確かに、ピンクは女性の呪いになっている側面はあるかもしれない。しかし、女性が生きにくい原因の一端をピンクに負わせるのはどうだろうか。それで何か解決するのだろうか。
この問題に関して、ピンクは何も悪くないし、私はピンクが女性のイメージに当てはまる色だとは思わない。そもそも、女性のイメージってなんなのか。家庭的で控えめで、優しい?こちらの方が問題なのではないか。
先にも述べたように、ピンクは人を多様な気持ちにさせてくれる色だ。それにもかかわらず、ピンクから連想できるイメージを一元的に決めてしまうのは、ピンクに対しても失礼ではないか。
だんだん怒りのような感情が湧いてきた。

授業後、ピンクから数キロメートル離れたところで、手をつないで輪になって踊る女性たちの絵が頭に浮かんできた。彼女たちはみんな家庭的で、控えめで、優しそうな顔をしていた。
私は、決して家庭的で控えめな女性ではない。でもピンクが大好きだ。
社会が何と言おうと、私は目の前の特等席で今日もピンクを眺め続ける。
その距離、約3センチメートル。