「おはよう。朝ごはん出来てるけど食べる?お弁当も作ってあるからね」
時刻は朝の6時。遅くまでハイボールを飲み、仮眠程度の睡眠しかできなかった割には、意外とすんなり起きることができた。きっとそれは、優しく起こしてくれた彼のおかげだろう。

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「ありがとう。朝ごはんは……とりあえずいいかな。いい匂いだね。炊き込みご飯?」
部屋中にバターと醤油の匂いが満ちている。起きたばかりの胃袋でさえも欲するほどにいい匂いだ。しかし、アルコールが抜け切っていない身体は、朝食より温かいお茶を求めていた。
「そうそう。冷蔵庫にバターあったから試しに作ってみたんだよね。結構美味しくできたからお弁当にも入れておいたよ」
私がお茶を飲みたがっていることに気づいた彼が、お湯を沸かしながら答えた。
私がベッドに入った後も、きっと彼は1人で朝まで飲んでいたのだろう。目がいつもより垂れ目気味になっており、とても眠そうだった。私が寝坊しないように起きていてくれていたのだと、その優しさに触れるたびに嬉しさより切なさが上回る。

理由は単純で、私たちは付き合っていないから。セフレ以上恋人未満の関係を2年以上続けている。お互いパートナーがいるわけでも、複雑な理由があるわけでもないが、恋人同士になれずにいる。私はこんなに好きなのに、と思うことにも慣れてしまっていた。
「はい、お茶ね。お弁当忘れないように。仕事遅れないように準備して行くんだよ」 
じゃあ、おやすみ、と手を振って彼は寝室へと向かっていった。

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土曜日である今日、彼の仕事は休み。私の仕事は土日に限って朝早い出勤で、いつもこの時間に起きては眠い目をこすりながら家を出る。
週末ゆっくり一緒に過ごしたいのに、なかなか時間が合わない。お泊まりに来ても、結局私が朝早く家を出るので滞在時間が短い。そんなことも、彼との関係の切なさを加速させる要因になっていた。

料理が得意な彼は、いつも色々作ってくれた。多種多様な主食やおつまみ、インスタントのアレンジ料理など、彼のセンスの良さが料理にも十分出ていた。飲んだシメに特製の卵かけご飯を作ってくれた時は、新感覚のその味に感動し、寝る前だというのに美味しすぎておかわりしたほどだった。

職場に着き、仕事を進めていく。眠く、身体がダルくても頑張れるのはお昼が楽しみだからだ。彼が作ってくれた炊き込みご飯。匂いだけでも美味しいということが分かるほどに魅力的であった。
早く食べたい。そして、彼に早く感想を伝えたい。その一心でむかえたランチタイム。誰よりも早くタイムカードを切る。

お弁当箱の蓋を開けると、冷めていても美味しそうな匂いと見た目の炊き込みご飯が私を出迎えた。シンプルな見た目で、使われているのはバター醤油と胡麻、油揚げだけのようだった。
早速一口。美味しい。うん、美味しい。味はもちろんだが、私のために作ってくれたお弁当であるということが、なによりも幸せを感じる隠し味だった。彼に連絡しようと思ったが、きっとまだ寝ている。感想は今夜また彼の家に行った時に直接伝えることにした。

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時は流れ、彼の家に泊まりに行っていたあの頃を懐かしく思う。もう彼の家には全く行っておらず、彼の手料理を食べることも無くなってしまった。
こんな日が来るなら、彼が作ってくれた朝食をちゃんと食べておけばよかった。彼との時間を大切にすればよかった。今は私も土日休みの仕事に就き、彼と同じ休みだが、もう今となっては遅いのだ。

彼の味が、彼のセンスが光る、彼だからこそ作れるあの料理たちが、今でも恋しい。次に彼の手料理を食べられるときは「彼女」として彼の家に行きたい。
そんなことを、今日も願っている。