私は、幼い頃から料理をするのが好きだ。祖母の家に泊まっては、絵本で見たお菓子や料理を作らせてもらっていた。
家ではなかなか作れなかったコロッケや、デコレーションケーキなど。祖母はあまり料理が得意な方ではなかったけれど、私のお願いということで一緒に作ってくれた。

あの経験がなかったら、私は料理を好きにならなかったと思う。祖母との経験を胸に大人になった私は、料理をすることがあまり苦ではなかった。むしろ、「これ作りたい」や「あれ作ってみよう」と、挑戦的な姿勢だった。あの日が来るまでは。

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娘が生まれ、離乳食が終わり大人と同じ食事を作るようになった日のことだ。
娘は食べることが大好きで、基本的になんでも食べる子だった。「ラッキー、育てやすいな」と楽観的な気持ちでいた。ところが、大人と同じ食事を出した途端に食べなくなってしまった。

煮ても焼いてもダメ、味付けもダメ。娘の偏食は、私の料理に対するやる気をどんどん削いでいった。なんとか食べてくれるメニューをローテーションして、一週間を凌いでいる。挑戦的なメニューや自分の食べたいメニューが食卓に並ばなくなってしまった。私のやる気はどこへいってしまったのだろう。

とりあえず元気に育てばいいかと開き直っていたら、娘も幼稚園に通うこととなった。相変わらず偏食で、給食も食べたり食べなかったりの繰り返し。なるべく気にせず、食べられるものを食べさせていた。料理に対する気持ちは冷めきっていたが、忙しい日々に気を取られてあまり気にしていなかった。

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色々なことを疎かにしていたら、夫の誕生日が近づいていた。
夫には悪いが、すっかり忘れていた。慌てて用意するにも時間が足りなかった。夫に素直に謝ろう。謝って何が良いのか尋ねることにした。すると夫は、「久しぶりに手作りケーキが食べたいな」。にっこりと笑ってそう答えるのだった。

手作りケーキなんていつ以来だろう。娘が生まれてからは、お菓子作りなんてほぼしていないに等しい行為だ。言われたからにはやろうと思い、本棚からお菓子の本を探していた。
娘が私を探して部屋へと入ってきた。娘は私の持っている本を興味深そうに覗き込んできた。

「それはなあに?」
「お菓子の本だよ。ケーキとかクッキーの作り方が載ってるよ」
「これ、おいしそう」と、娘が指を差した。それは、チョコレートでデコレーションされた丸いケーキだった。「かわいいよ」とニコニコしながら娘は本を眺めていた。

チョコレートは夫の大好物だ。レシピをざっと読んでみる。ほとんど混ぜるだけでできる簡単なレシピで、材料も特別揃えなきゃいけないものもない。久しぶりにやってみるか。
「一緒に作ってみる?」
「うん!」

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やってやるかと意気込んでみたものの、娘と作るのは大変だった。
とにかく材料をひっくり返す。貸しての連続で、作業が進まない。一緒にやるんじゃなかったと思ったけれど、ふと祖母のことを思い出した。

祖母も私とやっていた時、同じ気持ちだったんだろうか?
娘の方に目をやると、一所懸命にボウルの中身を混ぜていた。あまりの懸命さに思わず笑ってしまった。きっと私も同じ感じだったんだな。肩に入っていた力が抜けた。
「おいしいの作ろうね」

久しぶりに出来上がったケーキは不恰好で、お世辞にも美味しそうには見えなかった。夫は、そのケーキを見てニコニコしながら写真を撮っていた。食べてみると、少し固さはあるものの、ほんのり甘くて美味しかった。
夫も娘もニコニコと「おいしい」と言って食べている。それを見た瞬間、胸が温かくなったような気がした。作ってよかった。「次はもっとおいしいの作るからね」

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それ以来、娘も作ることに楽しみを覚えたようだ。暇を見つけては、「クッキーを作ろう」とか「ポップコーン作ろう」と私にせがむようになった。幼い頃の私を見ているようで、なんだか微笑ましい。

あの頃の祖母と私のように、料理の楽しさを覚えてほしいな。そして、ちょっとでも良いからごはんを食べて欲しいな。そんなことを思いながら、今日も娘と一緒にお菓子を作る。
さあ、明日は何を作ろうかな。