「○○さん、今日はお風呂に入ってきれいになりました」
初期研修医1年目。初めての申し送りカンファレンスで私は得意げに話した。
周りを見渡すとなぜかみんなくすくす笑っている。私は何もおかしなことは言っていない。○○さんは、自分でお風呂に入るのが難しくて困っていたし、○○さんにとっては今日一番のイベントだった。
「医学的なことをまず話そうね」
ある先生が苦笑いをしながら教えてくれた。どうやらこのカンファレンスではその人の一番のイベントを話す機会ではなかったらしい。それならそうと教えてくれればよかったのに、と思ったが声には出さなかった。

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「多くの人を幸せにしたい」という思いで医者になった。病気について勉強をするのも楽しかったが、臨床現場に出てからは患者さんと話すのがすごく楽しかった。人生の先輩である患者さんからは色々なことを教えてもらえるし、何よりも、「ご家族」や「生活」のことを聞くと病気のことよりも気になった。

カンファレンスで指摘されてからは、医学的なことを伝えようと頑張った。そして、患者さんの病気や治療のことを考え、勉強するように努めた。
でも、患者さんと話す時間はどうしても削れなかったし、そこで知ったことをカンファレンスで言いたくなってしまった。
「○○さんは鶏肉がどうしても食べたいみたいなんです」
「○○さんは昔、自分で鶏を育てて食べていたみたいです」
最初はみんなも困惑していたが、次第に私のペースに慣れてきたのか、ちょっとずつ楽しみにしてくれるようになった。「視点が独特だね」と言われたりもしたが、自分にとっては普通のことをしていただけだったのであまり気にならなかった。
周りに何を言われようと懲りずに患者さんと話すことを続けていると、診療にも少し良い影響がでてきた。例えば、怒りっぽい患者さんと毎日話しをしていたら少し穏やかになっていくことがあった。

ある日先輩が、「心理的な問題」や「社会的な問題」の対応の仕方を、学問として学ぶ科があるんだよ、と教科書を貸してくれた。ぱらぱらと教科書を見て、私の「独特な視点」を活かせるかもしれないとわくわくした気分になった。そして、2か月間の勤務最終日には先輩から「ぜひ一緒に働きましょう」とメッセージをもらった。

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「○○さんの家の様子が心配ですね」
あれから4年が経った。外来や入院、救急対応など未熟ながらも科の医師の一員として楽しく働かせてもらっている。
担当をする患者さんの人数も増えたため、4年前のように長い時間患者さんと話すことは減ったが、「独特な視点」は診療で役立っている。ご高齢の患者さんはいわゆる「病気の治療」だけでは退院できず、生活の調整やご家族との話し合いがかかせないからだ。

4年前に私の「独特な視点」に気が付き、そこを受け入れて伸ばしてくれた先生方のおかげで今がある。これからも「独特な視点」と「多くの人を幸せにしたい」という気持ちを忘れずに研鑽していきたい。